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郊外系デイタイム

僕が好きな先輩は

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僕が好きな先輩は

最近の先輩は、なんだか元気がない。気持ち悪いことを言うようだけれど、毎日のように見てるから後ろ姿でわかる。

 僕、葛山晴喜は夏見高校の吹奏楽部でチューバを担当している。
 初心者として入部した僕には特別やりたい楽器はなかった。チューバは、入部してすぐにやった楽器決めミーティングの時に、周りの同期の女子に勧められる形で担当することを決めた。たぶん、他の男子たちより少しばかり背が高いからだろう。もしくは、優柔不断だったから余っていた楽器に割り当てられたとか、どちらにせよたいした理由ではないと思う。とはいえ、実際にチューバを手にしてからもこの楽器に特に不満はなくて、強いて言えば大きくて重い、ということくらいだろうか。
 合奏の時、チューバは指揮者から見て右側の端の方にいる。膝の上に楽器を置いているのにベルが顔より高いところに来る。チューバは大きな楽器だ。視界が悪い。本当はよくないとは思うんだけど、視線は近くなる。
 最初は自覚していなかった。自覚したのはいつ頃のことだっただろうか。近くしか見えなかった僕はいつも、僕の少し前で楽しそうに演奏している、アルトサックスの鈴田長閑先輩のことを見ていた。
 入部してしばらく経つけど、鈴田先輩とはろくに会話したことがない。せいぜい資料を配る時に事務的なやり取りがある程度だ。チューバとアルトサックスでは音楽的な役割が違いすぎる。一緒に練習することなんてまずないし、それ以外のタイミングで話す理由もない。それなのに、楽しく合奏に臨む後ろ姿を毎日見ているものだから気になって仕方ない。話したことはなくても、僕は先輩のことをそれなりに理解した気になった。あと、たぶん、好きになってるんだと思う。なりゆきでなんとなくチューバを手にして、特に主張もなく漫然と音楽をしている僕とは正反対の位置にいる彼女に、僕は片想いしているのだと思う。
 回想が長くなった。今起きていること。いつも明るい鈴田先輩が最近不調気味なのだ。後ろ姿を見ているだけだけれど、いつもの元気がすっかり無くなってしまっているのが手に取るようにわかった。他の人は気付いていないのだろうか。

「これで今日の練習を終わります。お疲れさまでした」
 部長の号令を受けて、部員全員が挨拶をする。部活時間は終了したものの、自主練をしたい多くの部員はそのまま音出し禁止時刻である一時間後まで練習を続けている。僕はというとこういう時はいつも早めに帰ってしまうんだけど、今日は鈴田先輩のことが気になってそんな気にはなれなかった。いつもは後ろから見ているだけで十分だったけれど、今日は無性に話しかけたくて仕方がなかった。僕は気持ち悪いから、気付いているのが僕だけなら、僕が助けてあげたいと思ってしまう。
 みんなが帰るまで待てば、もしかしたら二人きりになれるんじゃないか、だなんて誰にも聞かれたくない邪念を胸に僕はひょろひょろと課題曲を吹いていた。練習が大好きな鈴田先輩はいつも時間ぎりぎりまで練習をしているらしいからだ。でも、そんな僕の目論見は当然のようにうまくいかなかった。後姿しか見ていなかったから気付かなかった。鈴田先輩はいつの間にか楽器を片付け終わっていて、自主練もそこそこに帰ろうとしていた。
「あっ、ちょっと待って……」
 ボソッとこぼれてしまった僕の声は当然鈴田先輩に届くことはなく、僕もその後急いで楽器の片付けをすることとなった。こんな時に初めて、重くて大きくて持ち運びに不便なチューバを担当していることを恨んだ。
 チューバをケースにしまった僕は部室を飛び出した。先輩は二年生だから、二年生の昇降口に行けば会えるかもしれない。それだけの根拠で僕は階段を駆け下りた。

 結局、二年生の昇降口に、先輩はいなかった。間に合わなかったのか。その結果に面した直後、僕はいったい何をやっているんだろうという気持ちに支配されて、何も言えなくなった。 僕が駆け付けたところでいったい何になるのだろう。僕が呼び止めたところで、その先僕は何をしようとしているんだろう。日ごろ優柔不断で受動的な僕はなぜ今走っているのだろう。自惚れていたことを自覚して恥ずかしくて、自分が気持ち悪くて、好意というものがいかに醜いものなのかを悟った。
 こんな状態で先輩に声をかけても余計に気を煩わせてしまうだけだ。帰ろう。そう思い僕は踵を返す。
「 葛山くん?」
 突然僕を呼ぶ声に注目する。踵を返した先に……鈴田先輩がいた。
「どうしたの? ここ二年生の昇降口だよ」
 鈴田先輩は帰っていたのではなかった。昇降口に向かうまでの間に僕が追い抜いていたらしい。突然のことに僕は語彙をなくして挙動不審になった。
「……どうしたの? へんなの」
 鈴田先輩が怪訝そうな表情で見ている。何か言え。何か言うんだ。
「……あの、何か……何かあったんですか」
 どうにかして言葉を絞り出した。図体ばかりでかいくせに、絞り出した言葉の方はえらく小さかった。
「どうして?」
 そう訊く鈴田先輩の表情には少し驚きが含まれていたように思う。どちらにせよ、かつての楽し気な雰囲気はないんだけれど。
「そう見えたからです。いつもとても楽しそうに演奏しているのに、最近はなんだか楽しくなさそうだなと思って」
 僕が言うと、鈴田先輩は「ああ」と小さく漏らして苦笑した。
「そっか、やっぱり音に出てたんだね」
 音ではなく見た目でわかったんだけど、引かれそうだから黙ることにする。
「君の言うとおり、楽しくないんだよね」
 そんな気はしていたが、聞きたくない言葉だった。
「こんな風に思うなんて、自分でもびっくり。あんなに音楽が好きだったのにいきなり我に返ったかのような感覚で、私何してるんだろうって思っちゃったの」
「いきなりどうして……」
「うーん、部員のみんなが音楽とは別の場所で、吹奏楽部とは別の場所で楽しそうにしてるのを見ちゃってさ。それで、部活のことしか頭になかった私はなんだったんだろうなあって……。もう高校生活も折り返したっていうのに今更だよね」
 廊下の真ん中で立っていた鈴田先輩はそう言いながら、少し体を教室側に傾けた。教室のドアに、先輩の左肩が預けられる。
「でもね、わかってるの。たぶん、今の私は音楽以外で充実しているっていうステータスに憧れているだけなんだと思う。ただ隣の芝が青いだけ。だから、例えばこの気持ちのままに恋とかしても絶対うまくいかない自信がある。あーあ。知らなかったよ。私ってめんどくさかったんだね」
 鈴田先輩が何かに悩んでいることはわかっていたけど、いざその真相を知ってしまうと何もできない。それどころか、突然のことに理解が追い付かない。
「……って、後輩に向かってなに言ってるんだろうね、私は。ごめん。今度こそ帰るね」
 何もできないまま鈴田先輩は歩き始め、僕を追い越して昇降口に向かった。
 追い越された僕は結局先輩の気持ちをいたずらに揺さぶっただけだったのだろうか。そんなわけないと思いたい。
 だからこのままではいけない。今しかないんだ。僕は振り返らないといけない。
「僕は……先輩にいつのも先輩でいてほしいと思っています」
 こんな時くらいはっきりと大きな声で言いたかったけど、そううまくはいかなかった。でも鈴田先輩の足を止めるには十分だった。
「葛山くん?」
 僕が振り返ると同時に鈴田先輩も振り返った。
「いつも笑ってて、底抜けに明るくて……何よりも部活を大事にしていて……そんな気持ちで溢れていた先輩の音が僕は好きなんです。なりゆきで手にしたチューバだけど、近くで先輩の音が聞けるから、僕はチューバの担当になれて本当によかったと思いました」
「あはは、なにそれ。私そんな風に思われてたんだ」
 その言葉が喜びのものなのか、はたまた引いているのかは判別がつかなかった。でも、必死になっている僕はたとえその判別が出来たとしても次に言う言葉を変えなかったと思う。
「先輩は一つの好きなものにいつまでも全力で、いつも自分の気持ちに素直で、音楽で青春してる、そういう人でした。先輩はそれでいいんです。偉そうかもしれないけれど、僕が好きな先輩はそういう人なんです」
 僕が言い終わると、そのまま少しの間静かになる。鈴田先輩の目が、少しだけ大きくなったような気がする。
「……好き?」
 ……えっ、と言いそうになるのを抑えた。聞き直されて初めて自分がそんなことを言っていたということに気付いた。動揺する。
「……そうです」
 それでも僕はそれだけ答えた。もう、遅いか早いかの違いしかないんだ。
「……今の話聞いてた?」
 そう言う頃には鈴田先輩は下を向いていて、背が低い先輩の表情は背が高い僕にはわからない。
「聞いてました」
「言ったでしょ。私はめんどくさいよ」
「あはは、そうみたいですね」
「そうなの。今だって……」
 鈴田先輩の声色が少し変わったような気がした。ふいに先輩が顔を上げる。
「救いの言葉をかけてくれる人をずっと待ってた……」
 先輩の顔はものすごいことになっていた。泣くのをこらえる顔なんだと思うけれど、こらえるのに必死すぎてとんでもない表情になっている。
 この期に及んで我慢なんて、しなくてもいいのに。
「無理なんてしないでください」
 その場でしゃがみこんだ先輩に対して、僕はそれだけ言って、あとは落ち着くまで見ていることにした。

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