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郊外系デイタイム

一週間マッピの刑

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一週間マッピの刑

「ああっ、やべえ!」
 階段を上っていたら、上からそんな声が聞こえた。とっさのことに驚いているような、それでいてすでに諦めが混ざっているような、そんな叫びだった。
 叫びのすぐ後に、今度はがらんころんと、鈍い音が鳴る。ちょうど、金属のようなものが階段を勢いよく転がり落ちていくような、そんな音だった。
 音に驚いて階段のふもとで足を止めていると、私の足元めがけてなにかが転がってきた。学校の階段で何かが転がるという現象自体が特殊なことではあるんだけれど、その時私の目に写ったそれは、学校の階段を転がる可能性のあるそのどれよりも異様なものだった。転がってきたのは……トランペットだった。トランペットは勢いよく転がってきて……そのまま私のすねに直撃した。
「ぐはっ……」
 色気のない嗚咽とともにその場でうずくまった私は、すぐさま現状把握に努める。なんでトランペットが階段を転げ落ちてくるのか。考えていると、ちょうど階段の上から再び声がした。
「祐希音先輩! ごめんなさい、トランペット落としちゃいました!」
 そう言って階段を駆け下りるのは、同じ吹奏楽部で同じ楽器をやっている後輩、風見翔真だった。翔真はわかりやすく『やっちまった』と言いたそうな表情で、うずくまっている私の近くにしゃがみ込み、顔を覗いて様子をうかがう。
「あっあの……祐希音先輩?」
 もう、なんだろう。足は痛いし、楽器を壊すのは言語道断だし、怒りたい事柄はたくさんあったけど、ひとまずはただこのやるせない気持ちを目の前の後輩にぶつけたかった。
「しょうまあああ……」
 そう唸りながら顔を上げると、翔真は戦慄して立ち上がった。
「……あ、あははは……先輩……ごめんなさい」

「修理代は部費から出るってさ。宍戸先生が許してくれた」
 音楽準備室を出ると、捨て犬のような目で私を見つめる哀れな後輩がいたのでそう言ってやった。音楽準備室の中では、翔真が落としたトランペットを楽器屋さんが見てくださっている。楽器屋さんは楽器の細かな調整や備品の販売などのために毎週水曜日に学校に来てくれる。今日はたまたま水曜日だったので、楽器屋さんに急患をお願いした次第だ。
「よかったあ。今後しばらく奴隷のような生活を送ることを覚悟しましたよ」
 翔真はそう言って手放しで喜んだ。たしかに、修理するとなったらその代金はとてもじゃないが高校生に出せるものではない。でもなんだかイラついたので、私は意地悪を仕掛けることにした。
「もしあの時私の足が折れてたら、私が翔真のことを奴隷にしてたんだけどな」
「冗談に聞こえないんですけど……ていうかそんな簡単に折れませんって」
「……すごく痛かったんだけど」
「ごめんなさい」
 こいつ、謝れば済むと思ってるな……。まあいいか。私はひとつ大きくため息をついて、話を戻すことにした。
「それよりどうするの? 使ってない楽器もうないよ?」
 私がそういうと、翔真は初めて聞いた話のように驚いた顔になる。
「まじですか。しばらく練習どうしよう」
 今年のトランペットパートはほぼ全員が初心者からの入部で、自分の楽器を持っていなかった。だから吹奏楽部で持っているトランペットは現在は全て出払ってしまっていて、翔真に変わりの楽器を貸す余裕はなかった。
「先輩、俺どうしたらいいんでしょう」
 またそんな子犬のような目で見てくる。本来なら因果応報ということでそのまま見捨ててもいいところなんだけど、あいにく私はトランペットパートのパートリーダーなので、あまり無下にするわけにもいかなかった。仕方なく、私も一緒になって今後どうするかを考える。
「ああ、いいこと思いついたよ」
 先に案が浮かんだのは、やはり私だったようだ。
「おっ、さすが」
「翔真、マウスピースだけで音階って吹ける?」
 言ってすぐに「は?」って返された気がするけど気のせいかな。翔真は口を押えているけど。
「えと、吹けません。……えっ、吹けるようになれって言ってます?」
「言ってる」
「まじですか……?」
「まじです」
 質問に一言で答え続けていたら翔真は黙ってしまった。仕方なく私が次を話す。
「楽器壊した罰よ。一週間後、楽器が返ってくるまでにマウスピースで音階を吹けるようにすること。いい?」
 翔真はずっと苦笑いのままだった。「ええと……」と前置きを入れてようやく話し始める。
「吹けるようになったらご褒美とかありますか」
「楽器壊した分際でよく言うわ」
「でも、やっぱりそういうのがあった方が燃えるじゃないですか。あっでも、楽器が上達した自分がご褒美とかいうのはなしですよ」
 そんなことを翔真は真剣な表情で言ってくる。まったく……私も甘いな。
「そうね。ご褒美として、私にトランペットぶつけたの許してあげる」
 最大限譲歩して、そう言った。でも、翔真はあまり嬉しそうじゃない。
「不満?」
「いえ、そうじゃなくて。えっと……それってつまり、吹けるようにならないと許してもらえないっていう……?」
「当然よ。乙女にあんな恥をかかせたんだから」
「先輩は乙女って柄じゃ」
「何か言った?」
「先輩ほどの美女はそういないって言いました!」

 次の日から翔真はマウスピースだけで部活に参加した。合奏もパート練習も、音階を吹けるようになるまで、全てマウスピースだけで行っていた。その滑稽な姿に陰で笑う人もいたけど、翔真は構うことなくマウスピースを吹き続けていた。もとより、マウスピース以外に吹けるものもないんだけど。
 パート練習はリーダーの私が練習を仕切る。
「じゃあ次の八小節を全員で吹いてみて。ワン、ツー、スリー、フォー」
 私はメトロノームに合わせてカウントを出す。トランペットパートのみんなはそのカウントに合わせて演奏した。聴こえるはずは、三声からなるファンファーレ。ところが、今の演奏からは二声しか聴き取れなかった。おかしいな、欠席はいないはずなんだけど。
「3rd? 聴こえなかったんだけど」
 私が言うと、窓側で吹いていた同期の吉川一花がすかさず、
「祐希音、3rdは翔真だけだよ」
 と返した。
「あっそうか……ごめん」
 そうだった。翔真の音は他の音にかき消されていたんだ。トランペットの音に混ざって、マウスピースの音なんか聴こえるはずなかった。
「ねえ祐希音。パート練の間は祐希音あまり吹かないんだし、楽器貸してあげたら?」
 一花が苦笑気味に言う。祐希音が鞭ならば一花は飴、とはよく言われるんだけど、気付けば今もその図式になっている。
「だめ。これはペナルティなの。楽器を貸してしまったら意味がないわ」
 それでも私はその提案を飲むことはできなかった。
「相変わらずこだわり屋だね。本番も近くないし、いいんだけど」
 一花はそう言ってまた穏やかに笑った。翔真はそれを見て明るい表情で、
「一花先輩、翔真がかわいそうだよって言ってくれてもいいんですよ」
 と言っていたけど、
「それはないかなあ」
 と一蹴されていた。

 マウスピースの刑執行から二日たった。
「どう? マウスピースでの演奏はうまくなった?」
 私が訊くと翔真は、
「そうですね。でも全然楽しくない」
 と答えた。翔真は眼前にあるマウスピースをじっと見つめている。まるでマウスピースとの対話を試みているかのような雰囲気だった。
「楽しかったら罰ゲームにならないもんね」
 人の少ない音楽室で私はそう言いながら、マウスピースを吹いている男の隣の席に座る。
「でも……」
「でも?」
「楽器が返ってきて、その楽器にマウスピースをつけて、吹いたらどんな音が出るんだろうって想像するのは楽しいです」
「……ふーん」
 きっと翔真にとっては今の言葉が私に対する最大限の反抗。罰を受けてるだなんて思ってやらない。そう言ってるように見えた。
「じゃあ引退までマッピね」
「ちょっと、どうしてそうなるんですか!」
 ……調子狂うなあ。

 次の水曜日。音楽準備室を出る楽器屋さんを私と翔真が礼をして見送る。
「翔真、トランペット帰ってきたね」
 私は翔真が大事そうに抱えているトランペットを見ながら言った。
「はい。一週間、長かったです」
 翔真は真面目な顔をしてそう言っていた。どうしたんだろう。心なしか、元気ない?
「よかったわ。これでやっと満足なパート練習ができるってもんよ」
 私がそう言ってその場を立ち去ろうとすると、それを呼び止めるかのように翔真がつぶやいた。
「でも……」
「でも?」
 聞き返すと、翔真はトランペットからマウスピースだけ外して、そのマウスピースを見つめながら言った。
「ごめんなさい。マッピで音階吹くっていう課題、できませんでした」
 ……このばか。
「先輩との約束、守れな……」
「ほら。早くトランペット吹いてみて」
「えっ?」
「いいから」
 私の言葉が暫く理解できなかったのか、翔真は目を点にして首をかしげている。
「吹いていいんですか? 約束守れなかったのに」
「約束? 誰としたのそんなの。人違いじゃないかしら」
 そう言うと、翔真の表情が途端に穏やかになる。
「祐希音先輩……」
 私の気が変わらないうちに、という前置きを省略して、
「早くしなさい。合奏始まるわよ!」
 と強く言ったら翔真は、
「はっはい!」
 と飛び跳ねて返事をした。
 マウスピースをトランペットに装着して、姿勢を正して楽器を構える。翔真がトランペットを構えるところを見るのは一週間ぶりだ。一週間前の翔真は、正直言ってあまりうまくなかった。出だしから正しいピッチを狙えていないし、ノイズが混ざってふらふらした音を出していた。その翔真が一週間後に吹いてみせた音は、とてもきれいだった。廊下だからかなり音が響いていて、そのせいで多少はうまく聴こえてるんだろうけど、それを差し引いてもまるで別人のように翔真はうまくなっていた。
 よかった。私は間違ってなかった。実はこの一週間、本当にマウスピースを吹き続けるだけで成果が出るのか心配でたまらなかったんだ。でも、翔真はうまくなった。私の期待を裏切らないで、しっかり上達してくれた。
「どうですか? 結構音大きくなってません?」
「それは廊下で音が響くからだね。でも、まあ……やるじゃん。これからも練習頑張ってね」
 そう言って今度こそ踵を返す。合奏に向かおうと思ったんだけど、そこで後ろからぼそっと一言聞こえてきた。
「祐希音先輩はツンデレ……理解した」
「なんか言ったかあ?」
「クールビューティーって言いました!」

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