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郊外系デイタイム

リード割れた

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リード割れた

「起立、気を付け、礼」
 帰りのホームルームが終わった!
「先生さよなら! 部活行ってくる」
「待て鈴田よ」
 ああ、間髪入れずに止められてしまった。さりげなく言えたと思ったんだけどな。
 若くて綺麗だけどちょっとがさつな担任の夏目先生。なんでこういうときばかり不真面目ではないのですか。
「鈴田。わかっていると思うが……」
「わかってますよ。今日からテスト期間で部活停止だってことくらい。……自主練は許可されてるけど」
 最後はぼそっと言ったつもりだったんだけど、先生には全部聞こえたらしい。怒られた。
「部活を愛するのはよいことだ。しかし、高校生活は部活だけではないことを忘れるなよ。まったく、私のクラスで成績不振者が出ようものなら、私まで面倒なことになるんだからな」
 最後で台無しにしてくれた。やっぱりいつもの夏目先生だ。
 私、鈴田長閑はこの夏見高校の吹奏楽部を愛し、音楽を愛し、特にアルトサックスを愛している高校二年生。今は試験期間だから部活はないけど、それでも私は隙あらばアルトサックスを吹きに行きたいと思っている。今日は止められたけど。
 放課後に教室を出て、いつもは右に曲がって部室に至る階段を目指すんだけど、今日は昇降口を目指すために左へ。こういう些細な変化に違和感を覚えてしまう。
「あっ、長閑。今日は帰るの?」
 廊下を歩き始めてすぐに、後ろから声をかけられた。
「あっ、るこちゃん、それに綾瀬も」
 私はそう言って、クラスメイトの奄美薫子と水無綾瀬に手を振った。
「あはは、相変わらずそんな呼び方するの、長閑だけだよ」
「えー、かおるこでしょ? やっぱりるこちゃんだよ」
 るこちゃんは席が近くてたまたま仲良くなった子で、綾瀬は同じ吹奏楽部の仲間。
「でさ、長閑。たまには一緒にあそ……勉強会でもしようよ」
 綾瀬がわかりやすく噛みながら言う。
「勉強会……なるほど」
「そうそう。あんた放課後になるといつも一目散に部活行っちゃうから誘えないんだよね」
 るこちゃんも私の相づちに続けて話してくれる。
「いいね。たまには」
 私は二人の提案に軽い気持ちで賛成して、それからの廊下は三人で歩いた。

 帰りにファーストフードだなんて、女子高生みたいだな。……ん? いや、私女子高生だよ。でも、いつも空が真っ黒になるまで学校にいるから、やっぱりこの景色は新鮮だなあ。
 四人用のテーブルで、私の隣に綾瀬、テーブルを挟んだ目の前にるこちゃんが座っている。
「綾瀬、北沢くんは金賞とれそうなの?」
 席につくや否や、るこちゃんがテーブルに身を乗り出して綾瀬に顔を近づけて聞いた。北沢くんって、ホルンパートのあの北沢くんかな。ソロコンに出るって話は私も聞いてたけど……。
 俄然テンションの高いるこちゃんに対して、綾瀬は穏やかな口調で答えた。
「あー、いいかんじだよ。ちゃんと私のピアノの音も聞いてくれるし、独り善がりじゃないいい演奏してる。あれなら本当に金賞とれちゃうかも」
 いつも元気な綾瀬はそう言ってジュースをひとくち。なんとなく、心ここにあらず。
「綾瀬、元気ないね。顔赤いけど、具合悪いの」
「違うよ、この子は緊張してるのよ」
 私が訊くと、綾瀬ではなくるこちゃんが答えた。
「ああそっか、綾瀬も伴奏者として演奏するんだもんね」
「……そうじゃなくて」
「へ?」
 そうじゃないの? ますます話がわからない。私が困惑していることを読み取ったのか、るこちゃんが説明してくれる。
「だって綾瀬、北沢くんに金賞取ったらキスしてあげるだなんて大口叩いたんだよ?」
「そっかー、キスの約束かー。それは大変だねえ」
 ……。
「……はい?」
 ……。
 ……。
「えーっ! そうなの!?」
 あまりの衝撃に、お店中に響くくらい大きな声を上げてしまった。
「やっぱり知らなかったのね」
 るこちゃんが苦笑してそういうけど、知らないよ聞いてないよ!
「綾瀬も大胆だよねえ。長閑もそう思ったでしょ」
「うん、思った。びっくりだよ綾瀬」
 私もるこちゃんと一緒に綾瀬に接近する。
「もう、薫子が唆したんでしょう!」
 耐えかねた綾瀬はそう言い返す。そうだったんだ。
「でも本当に言うなんて思わないよ?」
 綾瀬の反論もむなしくるこちゃんがそう返すと、綾瀬の顔はまた赤くなった。
「そりゃあ、まあ……涼くんならいいかな、くらいには思いましたけどね……」
「なに? 聞こえなかった。もう一度言って!」
「うるさい! あんな話を真に受けてあれ以来上達が早いとか気持ち悪いって言ったの!」
 その後も二人は楽しそうに話していたけれど、私はなんだかそのまま呆けてしまった。
 そっか、女子高生だもんね。こういう話の一つや二つあるよねみんな。
 吹奏楽部みんなは、ずっと音楽だけやってるものとばかり思ってたなあ。もしかしなくても、それって私だけなのかなあ。

 寄り道したのに、いつもより早い時間に家に帰ってきた。
 呆けた頭が元に戻らず、私は制服のままベッドにダイブした。
 そういえば、部活内恋愛って今までも後から知ることが多かったなあ。恋愛に限らず、誰と誰が今険悪だとか、パートは違うけど仲のいいあの人たちが以前一緒に遊びに行ってたとか、みんな知らないうちにいろいろな関係になっていて、音楽とは別の場所で高校生活を謳歌している。
 楽器は毎日練習しないとすぐ口がなまるからって、毎日夜遅くまで練習してた。他のことしてる時間なんてほとんどないし、それでも楽しいから、青春を捧げる価値があるから私はそれでいいと思ってた。それがいま揺らいでいる。吹奏楽部なのに、音楽だけに必死になっていたら、何かを失いそうな気がしている。
 ああ、綾瀬はもし北沢くんとうまくいったら、卒業しても、もしかしたらお互いが音楽をやめてもずっと一緒にいるのかもしれないんだよね。
 ……そういうのって素敵だよね。僻みでも妬みでもなく、ただ羨ましいと思った。
「なにが正解なんだろうなあ」
 それだけ声に出して、眠ってしまった。夕食だとお母さんにたたき起こされるまで起きなかった。

 試験まであと少し。クラスはすっかり試験ムードだった。どこが出題されるのかを予想しあっている人、黙々と教科書を読んでいる人、単語カードをめくっている人などなど。私はというと、そのどれにも属していなかった。
 私は音楽倉庫のカギを開けて、中から大きな楽器ケースを一つ取り出す。そこには私の楽器が入っている。今は誰もいない音楽室にそれを運び、いつも合奏する時とは違う席に座ってケースを開ける。
「お待たせ、私のアルちゃん!」
 私のアルトサックスは今日もまぶしく輝いている。自分を吹いてくれ。今日もまた一緒にいい音奏でよう。そう言っているように見えた。
 昨日はあれこれ難しいことを考えちゃったんだけど、そんなこと考えていても仕方ないし、私は私で、音楽が好きなんだから別にいいじゃないか、そう考えることに決めていた。
 マウスピースにリードをセットして、マウスピースだけで音を出す。ひょうきんな音が広い音楽室に響く。吹奏楽部に入って初めてこの音を聞いた時を思い出した。こんな愉快な音は今まで聞いたことがなかったから、私は聞いてすぐ笑ってしまったし、とても楽しいなって思ったのを覚えている。だからほら、今日もこの愉快な音を聞いて……、
「……あれ?」
 おかしいな。なんだろう、この違和感。私は今度はマウスピースを楽器にセットして、音を出した。さっきの地に足のつかなさそうな音が、楽器を介して芯のある太い音に代わった。この音の変化も私は大好き。それなのに、おかしいな。
「なんでだろう……楽しくないよ」
 誰もいない音楽室で私はそう呟いてしまっていた。
 もう一度音を出す。練習が大好きなおかげもあって、楽器の技術やセンスにはそれなりの自信がある。その音はたしかに今までの練習の成果の賜物と言えるような音だったけれど、私が奏でたい音じゃない。こんな下を向いた音は好きじゃない。
「おかしいな。嘘だよねこんなの。私はこんなに音楽が好きで、アルトサックスが好きで、今私はその好きなものに身をゆだねているはずなのに……なんでこんなに寂しいんだろう」
 言いたくない言葉が次々と口から出てくる。声が湿り始めていることに気付いた。
「音楽以外何もいらないと思っていたのに、音楽しかないことが何でこんなに不安なんだろう」
 気持ちを紛らわすために私はもう一度サックスを吹いた。でも、吹けば吹くほど逆効果だった。
 私がやってることって、なんなんだろう。
 
 いつもより、マウスピースをくわえる力が強くなっていた。うまく音が出ない。

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