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郊外系デイタイム

第六幕 悪夢

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第六幕 悪夢

「みなさん、これから肝試しのルールを説明しますよー」
 普段外に出ない僕は、ナイトメアの家のすぐ近くにこんなに立派な森があったことも知らなかった。森は空気がきれいすぎるから僕はあまり好きじゃないけれど、人間は理由もなく近付きたがるよね。全く理解できない。
 この森は多少なりとも人の手が加わっていて、地元住民にとっては少し大きな公園みたいな場所なんだってナイトメアが言っていた。人の手が加わっていることを象徴するかのように、その森にはわかりやすい入口があった。もう夜も深いけれど、今そこの入り口には二十人の子供と、それよりも少ない大人が集まっていた。子供の中には、先日僕が夢を食べた、件の少年もいる。今からナイトメアが言っていた、キモダメシが始まるのだった。
「今、お父さんお母さんたちがみんなに配っているこの地図を見てね」
 子供たちの前に立つ小さな女の人が大きな声で子供に説明している。
「二人一組でこの森を歩いて、赤い丸がついているところに手紙が置いてあるから、それを取って戻ってくること。わかったかな?」
「はーい!」
 女の人が説明し終わるのとどちらが早かったか、子供たちは一人の例外もなく元気に返事をした。誰か一人くらいはこの時点でもう怖がっているものかと思っていたけど……。
「バク、楽しそうだね」
 子供の集団を遠巻きに眺めていたら、隣にいるナイトメアが僕にそう言った。
「そう見えたかい? うーん、言われてみれば楽しみかもしれないね」
「そりゃよかった。よければ君も子供たちを怖がらせてみないかい?」
 ナイトメアはしゃがみ込んで、僕に目線を合わせてそう言った。
「黒猫でしかも悪魔だもん。きっといい仕事できるよ」
 ……これは褒められたのだろうか。まあいいや。僕は自分で言うのもなんだけど不敵な笑みで答えた。 
「言われずとも、そのつもりさ」
 全ては僕の食欲のために。

 森の入り口から手紙の場所までは一本道だった。子供が歩けば片道十五分といったところか。一本道はいかにもなにか出そうな、雰囲気のある道なのかと思えばそうでもない。というか、そう思う以前の問題だ。暗い。ただひたすらに暗い。子供は一組につきひとつ懐中電灯を配布されているけど、それがなかったら猫でも失明を疑うくらいなにも見えない。
 肝試しは既に始まっていて、何組かの子供たちがその闇の中に溶けていった。さて、僕もそろそろ動こうか。
 僕の目的は件の少年に悪夢を見せること。魔界の役人から課された課題であり、これをクリアしないと僕は魔界へ強制送還される。僕は人の夢を食べる力はあるけれど、人に悪夢を見せる力はないものだから、課題を突き付けられたときはなかなか困ってしまった。そんな時に舞い込んできた肝試しの企画。初めて聞いた時、僕は肝試しというものを知らなかったけど、話を聞いていくうちに確信した。これを利用しない手はないなと思った。少年に悪夢を見せるのに絶好のチャンスがやってきていた。
 僕にとって森の中が暗いというのは、ある程度何をしてもバレないというメリットがあると同時に、悪夢を見せなければならない少年を見失いやすいというデメリットも同時に抱えていることになる。僕は森に入る前に少年を探しておいて、彼が持つ懐中電灯の明かりを頼りに少年とともに闇に溶けた。
 少年は同じ年くらいの少女と一緒に歩いていた。なぜか知らないけど、こういうイベントは極力男女がペアになって行われるらしい。ナイトメアが言っていた。今日の僕の目的は少年であって、それ以上でも以下でもいけない。残念ながら少女はお呼びではない。まずは、二人を分断するところから始めよう。
「あれ?」
 少年はある時にふと隣を見て気が付いた。
「いつの間に一人に……。どうしよう、はぐれちゃった」
 二人にはしばらくの間、別の道を歩いてもらうことにした。どうやったかって? それは企業秘密さ。
 本来のコースは一本道。そんな道ではぐれたりなんかしたら、きっと君はこう思うに違いない。
「もしかして、道を外れちゃったかな」
 少年か少女、どちらかが本来の道を見失い、知らぬ間に草原でも歩かされてるんじゃないかと思っただろう。どうだい、焦ってきただろう。
「探さないと、ダメかな……でも、怖いな」
 子供に効くのは単純明快な恐怖。初めてナイトメアの悪夢を見たときのようなあんなわかりづらいものじゃなくて、必要なのは理不尽で理由のない一方通行の恐怖のみ。
 それから少年はしばらく立ち往生していたけれど、さらにしばらく待っているとまた歩き始めた。暗いから、どこに進めばいいのかなんてわかりっこない。自分が今、来た道を戻っているのか、それともさらなる深みにはまっているのか。少年にはそれを知る術はなかった。
 さて、ここでもう一つテコ入れといきますか。
 さすがに悪魔かつ猫である僕は夜目が利いてきて、明かりがなくても少年の後を追えるようになった。僕は駆け足で少年のことを追い越した。その時あまりに近くを通ったものだから、僕の体が少年の右のふくらはぎをそっとなぞった。
「ひいっ!」
 半ズボンの少年は生身で僕の体毛に触れたものだから、たちまち謎のおぞましい感触に怯えて悲鳴を上げた。
「なに? なにかいるの?」
 少年は今の感触で腰を抜かしてしまい、そのまま地面にへたれこんだ。なるほど、結構怖がってくれるね。僕は少年の目の前に構えて、少年のことをじっと睨んだ。すると今度はたちまち少年の周囲を大量の光る眼が取り囲む。青白く光るそれらは猫の目のように鋭く、今にも少年に襲い掛かりそうなほどに狂気をはらんでいるように見えた。
「なにこれ……やだ、いやだよお!」
 いいぞ、気分が盛り上がってきた。少年は両手で頭を抱えて見なかったことにしようと必死だ。僕はそんな彼の耳元まで近づいて、自分が出せうる一番色気のある声で囁いた。
「こんなところまで迷い込んでくるなんて、悪い子だね……」
「……っ」
 あっ気絶しちゃった。ちょっと、予定より早いぞ。この後僕が迫真の演技で死神を装ってやろうと思ったのに。涙が鼻水が唾液が、制御した形跡もないくらい溢れていて、少年の顔はぐしょぐしょになっていた。
 ちょっとやり過ぎたかな……精神崩壊なんて起こされたら僕もいよいよ魔界のお尋ね者だぞ。
 ……まあいいや、ナイトメアを呼んでこよう。これで、僕の計画は半分達成された。

「ねえナイトメア。人間の世界って面白いね」
 森の入り口。肝試しから帰ってきて談笑している子供たちや、缶コーヒーを飲んでいる大人たちがまだそこにはいた。ナイトメアはベンチに座って、気絶した少年に膝枕をしていた。
「どうしたの急に?」
「人間には欠点が多すぎるんだ。自分の目に見えるものしか信じないから、ついうっかり見えちゃいけないものを見たときにいともたやすく恐怖する」
「うん。きっと見えちゃいけないものって、悪魔や幽霊みたいなものだけじゃなくて、人間の常識でも実在し得るはずなのに見えたくないって心が勝手に判断しちゃうものも、世の中にはたくさんあるよ」
「ああ、総じて人間には恐怖の対象が多い。それがたまらなくて、僕を飽きさせない。おかげさまで悪夢の味も多種多様だし、本当に面白い世界だよ」
「そうだね。素敵なものだと僕も思う」
 会話がやむと同時に少し風が吹いた。ナイトメアの膝で寝ている少年の髪が少し揺れる。
「ううん……」
 少年がわずかに声を漏らした。
「大丈夫? 気が付いた?」
 ナイトメアの呼びかけると、少年は静かに目を覚ました。
「あれ……僕は……」
 少年が虚ろなまなざしでナイトメアに訊く。
「ひどくうなされていたね。きっと悪い夢を見ていたんだよ。怖かったことは、全部夢さ」
 ナイトメアが言うと、少年は静かに遠くを見ていた。
「あんなに怖い夢は初めて見た。まるで、本当にあったことみたいだった」
 まあ、本当にあったんだけどね。言わないでおく。
「でも夢さ。夢は必ず醒めるから、だから現実がこんなにも素晴らしい」
 そう言ってナイトメアは少年の頭を撫でる。その瞬間、僕は久しぶりにあの黒煙を見た。少年の体からナイトメアの体に、黒くてどよどよしたものが移動していく。それもすごい量だ。ナイトメアも少年も、自分たちの身に何が起きているのかは知らない。あの黒煙が見えるのはこの中だと僕だけらしい。結局この力の正体が何だったのかはわからなかったけど、ひとつはっきりしたことがある。それは少年がさっきまで受けていた恐怖体験は、少年の中で完全に「夢」として昇華されたということだ。だからその体験はナイトメアにも悪夢として取り込まれた。これで僕の計画は成功となったわけだ。それ見たことか魔界の役人ども。
 頭を撫でられて落ち着いたのか、少年は安堵の表情を浮かべて、心の底からこう言った。
「ああ、夢でよかった」



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