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郊外系デイタイム

第三幕 黒煙

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第三幕 黒煙

バイオレンスでサディスティックな夢もそれはそれでしっかり見るらしい。
 今夜のナイトメアは怪物に襲われていた。
「ぬおーっ、喰われるー!」
 深く入り組んだ煉瓦の道。下界で言うところの西洋的な街並みも、街灯以外の光を失えばゴーストタウンの様相を呈してくる。
「ナイトメア、早く逃げないと今度は片腕持っていかれるかもよ」
「それは困るー!」
 レンガ造りの高い建物に挟まれた狭い小路を僕らはひたすら走っている。後ろからは頭が三頭ある巨大な黒い犬が猛スピードで追いかけてくる。ケルベロスとはまたベタなやつに追われるものだ。
 夢というのは悲惨なもので、猛スピードで追ってくるはずなのに紙一重で逃げる僕たちには追い付かない。それでいて、逃げ切ることもない。終わることのない地獄を与え続けるものだ。
「もうやだ……早く終わって」
 ナイトメアが音を上げ始めた。ということはそろそろ食べごろということかな。
「ナイトメア、そろそろもらうよ」
 希望を与えるわけにはいかないから僕は声を小さくしてそうつぶやいた。そして、
「いただきます」
 真っ黒なケルベロスも、西洋の街並みも、強く残った足跡も、全ての映像が歪み僕の口元に集約される。僕はそれを一気に口の中に入れ、下で転がした。うん、やっぱりこういうわかりやすい悪夢はいいね。とても健康的だ。ケルベロスだけはちょっと高カロリーかな。

「うわああああ!」
 ナイトメアが目を覚ました。うん、いい悲鳴だ。
「おはようナイトメアいい悪夢は見られたかい?」
 僕はベッドから突き落とされそうになったのを耐えながら、親切心でそう訊いた。
「おはようバク。これは現実なんだね」
 寝起きだというのにすごく汗をかいているし息もがっつり上がっている。近づくと少し汗臭い。
「そうだよ。忌々しい朝がやってきたのさ」
 そう言って僕は口と爪を使って部屋のカーテンを少しだけ開けた。思ったより重くて、途中でナイトメアに手伝ってもらったけれど。カーテンの隙間から日光が漏れる。その光がナイトメアの両目を刺激する。ナイトメアはあくびをしながら両腕を高く上げ伸びをして、ため息混じりに言葉を漏らした。
「ああ、夢でよかった」
 その時のナイトメアの表情は非常に晴れやかで、充実していそうだった。
「夢がひどいと、いつもの日常がこんなに輝いて見える。今日も元気に生きていけそうだよ、バク」
 あー、なるほどねえ。噂には聞いていたけれど、ナイトメアは本当に悪夢を好んで見ているんだな。でも――陰気ではあるけど――想像以上に前向きな理由で吐き気がするよ。夢がすべて悪夢だから現実に希望を見出すのか……。悪魔としてはあまり好ましくない傾向ではあるけれど、そのおかげで僕はご飯が食べられているので、しぶしぶ聞かなかったことにする。
 ナイトメアはベッドから抜け出すと、いそいそと外出の支度を始めた。こんな陰気な男でも休日に外出する趣味があったとは。
「どこか行くの?」
 僕が訊くと、ナイトメアは身支度の手を止めないまま答えた。
「ああ、ちょっと散歩しにね」
 誰かと約束しているわけでもなさそうだから、興味本位で僕もついていくことにした。

 家の目の前には公園があった。ナイトメアの家には空から侵入したので、僕はこの辺の地理が全く分からない。家の隣に何があるのかなんて知るはずもなかった。
「あっ、夢食いのおにいちゃんだ」
 公園に入るや否や、大声でそう聞こえた。夢食いのお兄ちゃん、ナイトメアのことかな。ナイトメアが毎日悪夢を見るということをここの子供は知っているのだろうか。声と同時にこちらに駆け寄ってくるのは少年と少女が三人ずつ。まだ学校にも行ってないくらいだろう。
「おはよう。今日は早いね!」
 一人の男の子がナイトメアの前で立ち止まってあいさつした。
「おはよう。今日はとびきり怖い夢を見たからね」
 ナイトメアは笑顔で挨拶を返す。
 意外や意外、ナイトメアは近所の子供たちの人気者だったようだ。悪魔である僕が言うのも変だけど、こう見るとナイトメアも善良で普通な男という印象を受ける。
 子供は嫌いだから、僕は少し遠巻きに彼らの様子を眺めていた。会話の内容は聞き取れないけれど、ナイトメアも子供たちもとても楽しそうだ。なんだか見ている自分まで悪魔であることを忘れてしまうんじゃないかと思う。こんな平和な午前、僕にとってはかつてないほどのアンリアルだ。
「いい夢見たよ!」
 一番初めに大声でナイトメアを呼んだ少年のこれまた大きな声が聞こえてきた。それと同時に強い悪寒に襲われた。悪魔が悪寒に襲われるなんて情けない話だけれど、不意を突かれたものだから僕は猫みたいに――猫だけど―― 軽く飛び跳ねてしまった。
 なんだこれ……。
 そのあとすぐに僕が見たものはこれまたアンリアルだった。でも、さっきまでののどかなアンリアルとは違い、今感じているのはもっとおぞましい非現実だ。
 たぶん、ナイトメアも気づいていないんだと思う。周りの子供たちから何か出てきている。たぶん、あれは悪夢だ。子供たちが抱えるたくさんの悪夢が黒い霧のように表出して、渦を巻いてナイトメアの中に入っていく。それも尋常な量ではない。そういうことだったのか。いくら悪夢が好きと言っても、毎日なんていったいどうやって見てるんだと思っていたんだ。答えが今目の前に広がる光景。ナイトメアは悪夢を子供たちから吸収して自分のものにしている。人間にそんな力があるなんて知らなかった。子供は悪い夢を見なくて済むし、ナイトメアは悪夢を見ることができる。見事、利害が一致しているということか。いやあ、まだ若い僕にとって下界は勉強になることばかりだなあ。

 それにしてもだ。ナイトメアがさっき吸収した悪夢はかなりの濃度だったように見受けられる。あれが僕の晩餐となるわけだけれど……。
 あのくどさであの量、食べきれるかな。食べ残しは主義にもアイデンティティにも反するんだけれど……。
 ナイトメアが子供たちと別れてこっちにやってくる。なんだか少し嬉しそうな顔をしている。そんなナイトメアに僕はひとこと言いたかった。
「ねえナイトメア、もう一匹猫を飼う気はないかい?」

 

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