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郊外系デイタイム

Pert4

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Pert4

「これで終了。もう帰ってもいいぞ」
 抜き打ちの荷物検査ではクラス全員がシロと判定され、先生の号令をもって私たちは難なく放課後を許された。
「見たよね、今朝」
「見た」
 午後四時。私は両手で頬杖をついて自分の席に残っていた。
「ピンク色にラッピングされた、それぞれ五センチくらいの立方体の箱ね」
 胡桃は片手で頬杖を突きながら私の前の席に斜めに座り、足を組んでいた。この時間にしては珍しく、教室には私たちしかいない。
「うん。でね、代わりにこんなものが鞄に入っていたの」
 私は胡桃の前に一枚の紙きれを差し出す。
「なに、手紙? わら半紙プリントの裏を使うなんてたいそう愛情たっぷりなお手紙ね」
 誰にともわからない胡桃の皮肉はすぐに空中を舞って消えた。
「はっ? なにこれ!」
 なぜなら、すぐに同じ胡桃の大声でかき消されたから。
 手紙には一言こう書かれていた。
『プレゼントはいただいた』
 とてもシンプルで分かり易い一言。
「私のチョコレート、誰かに盗まれちゃったんだね」
 私は静かに言った。それでも誰もいない教室に大きく反響する。打ち返すだけ打ち返されて、結局誰にも受け止められることなく私の声はそのうち消えた。
 犯行声明文に書かれた文字は汚かった。わざと汚く書いたのか元から字が汚い人なのかはわからない。私はその文字を静かに指でなぞる。
「薫子、よくそんな落ち着いていられるわね。私はもう頭にきてしょうがないわ」
 胡桃の声もよく響いていた。
「許さないよ」
 私が静かに言うと、
「ん?」
 聞きかえされた。胡桃、自分の声で聞こえなかったのかな。もう一度言うよ。
「絶対に許さない」
 そう、私は静かに燃えていた。
 北条くんとの約束の時間まであと二時間。
「絶対に犯人を見つけてチョコを返してもらう」
 そして、何事もなかったかのように今夜の六時を迎えるんだ。
 私の運命の分岐点は、待ってはくれないんだ。



 教室を見渡す。
 生徒たちの間では、夕方の夏見高校の教室は「黄金色の教室」と呼ばれている。大抵の学校の教室は黒板が西を向いているため、夕日が照らす面積はそれほど多くないらしい。それに対して夏見高校は何の経緯があってか、教室が少し北西気味に傾いている。周りに建物も少ないのでそれだけ夕日の恩恵を多く受けられる。今も私がいる二年D組の教室は輝いている。
「こうやって人のいない教室を改めて見るとさ」
 胡桃は教室内を歩き回りながら言う。
「意外と物が少ないのね。どこにも隠れる隙が無さそう」
 ごめん、当事者である私が教室に見とれてる間にも探してもらっちゃって。
「まだ全部見たわけじゃないけど、隠そうと思って隠せる場所は教室にはないみたいよ」
 胡桃は一通り教室にチョコがあるかどうかを確認した後に適当な席に腰を下ろした。まだ五月といえどそこそこ気温も上がってくるころだ。胡桃はタオルで汗を拭いていた。
「犯人がまだ持ってるってことかな」
「もしくは、もう食べてしまったか、ね」
 胡桃がため息交じりに言う。
「なんて物騒なことを言うの! もしそんなことしたら……もう二度と夏見高校の敷居をまたげなくしてやる」
「薫子の方がよっぽど物騒だわ」
 時間の経過が早い。夕方の四時半。タイムリミットはあと一時間半。
「そもそも、ずっと鞄にしまってあったチョコレートを、犯人はいったいいつの間に盗んだんだろう」
 胡桃が半ば独り言のように言う。それに対して私は即答の準備があった。
「たぶん、五時間目と六時間目の間の休み時間だと思う」
 たぶん、ではあるけど。
「どうして」
「この犯行声明文を見て」
 私は胡桃ともう一度犯行声明文を観察する。
「この紙、今日の五時間目、古典の授業で配られたプリントの裏を使ってるよ」
 私はプリントを裏返して、印刷されている文章の一部を指さした。同時に自分の鞄からも同じプリントを取り出して、並べて比較する。
「おおっほんとだ。薫子って、授業中に一切メモ取らないんだね」
 私が期待していた反応と違った。
「そっそっちは見なくていいの! とにかく、このプリントは今日の五時間目に配られたんだから、それより前にこれは書けないよね」
 私はすぐに自分のプリントを隠して説明する。犯行声明はまだ手元に置いておく。
「なるほど、実際そのタイミングって人の鞄漁るにはわりと理にかなってるしね」
 胡桃はそのままの姿勢で宙を仰いで考えをまとめていた。
 今日の六時間目は選択科目だった。学年の始めに音楽、美術、書道の芸術三科目から一つ選択して、それを一年間受講するという内容だ。それぞれ教室が離れており、一つのクラスが三分割されて各々の教室へと向かうため、選択授業の前の私たちの教室は割と早い段階で人がまばらになる。
「今日は私もすぐに教室を出ちゃったから、その時に、って可能性は高いと思う」
 私は話をしている間、ずっと犯行声明の書いてある汚い文字を見ていた。
 五時間目の終わりといえば、まだ三時間経ったか経たないかという程度の時間だ。それなのに、もうずっと昔の出来事を必死で思い出しているような気分だった。
「胡桃、五時間目の休み時間って誰が最後までいたか見てた?」
 私が視線を変えずに訊くと、
「六時間目が始まるギリギリまでいたけど、私が教室を出た時にまだ残っていたのは、三人かな」
 胡桃はこっちを見て答えた。
「おおっ聞かせて」
「金城、有川、室井、以上三人」
 胡桃が挙げた名前を頭の中で照会する。金城さんは美人で優しくて生徒会長。有川くんは一匹オオカミ気質の謎多きイケメン。室井嬢は吹部で音楽一家でお嬢様。みんないい人だし、盗みなんてするとは思えないけどなあ。
「とりあえず、盗ること自体はこの三人になら誰でも等しく可能よ」
 胡桃はそう言って締めくくる。なんにせよ三十人以上いるクラスでここまで容疑者が絞れたのは運が良かった。
「後は三人の当時の状況がわかればなあ」
 私は自分の机に座って、椅子を軽く蹴りながら呟いた。
 金城さんの席は私と同じ窓側の一番前、有川くんの席は北条くんの二つ前、室井嬢の席は教壇目の前ドセンターの特等席。三人とも、とくに私の席に近付きやすいとか、そういう条件はない。
「どうする? 三人に話を聞いて、一番教室を出るのが遅かったのは誰かはっきりさせてみる?」
 胡桃が言うが、私は少し悩んでしまっている。もし三人の中に犯人がいるとして、そんなにすんなりと手の内は明かしてくれないと思う。
 それに、私が感じる違和感はそれ以外にもあった。この三人の内の誰かが犯人だということに対する違和感が。
 ふいに、威勢のいい音とともに教室のドアが開いた。
「おっ、薫子と胡桃だ」
 ドアから上半身だけだしてこちらを窺うのは同じクラスの水無綾瀬だった。綾瀬がどういう人物であるかというと、開口一番でこういうことを言う子だ。
「こんな遅い時間に二人っきりで、もしかしていけないことしてた?」
 こんなでも仕草が小動物的だから女子からも皮肉抜きにかわいいと言われる。世の中不平等だ。
「馬鹿言うんじゃないわよ」
 胡桃が即座にかつ冷静に言い返す。
「綾瀬、まだ学校残ってたんだね」
 私は手を振って話しかける。
「そうなの、本当は早く帰りたいんだけどねえ。どうしても北条くんが捕まらなくて」
 綾瀬はため息をつきながら目線を落とす。
「北条に用事?」
 胡桃が訊いた。
「用事っていうか、図書委員がね……。北条くん、今日の昼休みに司書の先生からの頼まれごとをするはずだったのに、ボイコットしたんだよ」
 ん……そうなの?
「結局私だけが先生の元に行く羽目になって、おまけに放課後もう一度先生の所に行ったら『指導するから北条を連れてこい』だなんて言われちゃって、だから私は今こうして北条くんを捜し回ってるってるわけですよ。とほほ、久々に部活休みだったのになあ」
 そう言って綾瀬は指に自分の髪を巻きつけながらもう一度ため息をついた。
 その時、私と胡桃は顔を見合わせていた。
「北条くん、ご飯食べてたよね」
「うん、食べてた」
 私は見た。北条くんは図書委員の仕事を差し置いて、何事もなかったかのようにお昼ご飯を食べていた。
 そのことを綾瀬に話すと、
「なにそれー、私ちゃんと言ったんだよ。昼休みの始まりに『委員会忘れないでね』って。それなのにずっとご飯食べてたの?」
 と、眉毛を八の字にして嘆いた。
「うん……どうしたんだろうね」
 肩を落としながら「じゃあ私は帰るね……」と呟いて綾瀬は教室を後にした。もうすぐこの教室に北条くんが来るって言い忘れたけど、帰るって言ってたし、まあいいか。
「どこまで話したんだっけ」
 と言いながら私は胡桃の方を振り返る。たしか、容疑者は三人で、五時間目終了時の三人の状況がよくわからないという話だった。
 ただ、顔を合わせた胡桃は少し考え込んでいる様子だった。そしてこの後胡桃が話題にしたのは、それとはまた違った内容だった。
「ねえ薫子。ずっと気になってたんだけど」
「うん」
「チョコレートって結局どうやって荷物検査を潜り抜けたのかな」
 難しそうな顔で胡桃が言った。実は、私もそれは気にしていた。
「そうなんだよねえ……」
 思わずため息が出てしまう。
 あれが荷物検査をスルーしたとは思えない。中身が何であれ、シロクロどちらであれ、プレゼント然とした箱が荷物の中に入っていれば少なくとも尋問の時間くらいはあっただろう。今回はそれすら一人として行われなかった。
「荷物検査の時は迂闊にドアや窓を開けると怪しまれるから、隠すなら教室の中だけになるんだけど……」
 二人揃って考え込んでしまった。そのまましばらく経っても答えは出なかった。
 夕方の五時半。いつの間にそんな時間になっていたのか。あと少しでタイムリミットだ。……このままじゃ無駄に時間が過ぎてしまう。
「ああもう、結局わからないことだらけじゃない」
 胡桃はややイラついているように見える。ごめんね私のせいで。私がなんとかしないと。
 ……集中しよう。
 私が取り出したのはこれまたおなじみ、ペリドットの一口チョコレート。先月分の一口チョコが一つ踏みつぶされたことを話したら店長が一粒余計に追加してくれた、大事な思い出付きなのだ。その一口チョコがたくさん入った袋から私はビターと書かれた包みをはがし、口の中で転がす。
 カカオ含有量が多いチョコレートには集中力を高める効果がある。……って本に書いてあった。だからビターチョコを選んだ。その申し訳程度の知識に身を委ねつつ、私は頭を働かせていた。
 どれくらいの時間が経過したのかわからない。五秒かもしれないし五分かもしれない。それでも胡桃は黙って待っていてくれた。
 ……そのおかげともいうべきか、絡まった情報の糸が、チョコと一緒に口の中でとけた気がした。
 すぐさま右向け右。胡桃がいる方を向く。胡桃の視線は少しだけ、私の答えへの期待を帯びているようだった。
「やっぱり……落として失くしちゃったのかな」
 私は頭を掻きながら苦笑してみせる。
「ええっ諦めるの?」
 胡桃はあからさまに不満そうだ。
「だってさ、どう考えたって荷物検査を逃れるのは無理だよ。きっと教室の外に落として、誰か心無い人に拾われちゃったんだよ」
 私はあくまで冷静に言う。
「なにそれ、北条もう来ちゃうよ?」
 対する胡桃はいつになく必死だった。
「プレゼントが無くても言葉があれば大丈夫だよ。ごめんね胡桃、つき合わせちゃって」
 そう言って私は手を合わせる。胡桃にはここしばらくないほど睨まれた。私をひとしきり睨みつけた後、素早く私に背を向ける。
「勝手にしなさい。邪魔しちゃ悪いから、私は帰るわ」
 そういってから胡桃が教室から消えるまでは随分と早かった。ごめんね。

 空は少しずつ暗くなろうとしている。夕方から夜に変わる瞬間の、この混沌とした空模様が私は好き。空が夜になりたくないと必死に抵抗しているように見えて、小さい子がダダをこねているようで、とても愛おしく感じる。
 夜六時。
 自分の席に両手で頬杖をついて待っていた私の耳に、ガラガラと扉を開く音が届いた。
「来てくれてありがとう、北条くん」
 私は体勢を変えずに歓迎した。教室の後ろ側のドアが開いたから入ってきた人の姿は見えなかったけど。
「奄美、僕を呼んだのは君だったんだね」
 たしかにそれは北条くんの声だった。どうしよう、北条くんの声を聞いたら少し緊張してきた。馬鹿だな私。まるで告白する前みたい。
「話があるの」
 少し声がかすれた。
「聞かせてくれるかい、奄美」
 ここで私ははじめて北条くんの方を向いた。北条くんも、自分の席の近くで立っていた。本当に北条くんなんだね。……言わないと。私も席を立った。しっかり彼の目を見て話す。
「北条くん。チョコ……返してくれるかな」

 

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