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郊外系デイタイム

Pert3

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Pert3

たぶん、犬のマーキングに近い。
 男の人が『自分のために用意してくれたものに弱い』というのは、そもそも『自分の所有物に対しての執着が強い』ということに起因しているのだと思う。それだけで考えるのならば、私の父親がいい例だ。
 いつのことだったか、普段はとても穏やかな父親が激怒した。理由は私が誤って父から借りた本を濡らしてしまったから。私はすぐさま弁償を申し出たけど、父はそれを断った。この本でないと意味がないのだという。なぜなのかは結局わからずじまいで少しいらついたけど、その後の父の切なげな表情は今でも私の胸を締め付ける。
 父にとっての本のように、たとえ量産されているものだとしても、自分のモノだと認めればそれは唯一無二となる。そんな中で、最初から唯一無二、自分専用として用意されたモノが存在するのだとすれば、それほど喜ばしいことはないのかもしれない。よくわからないけれど、そういう理屈なのかな。
 ていうか……結局釣ってるよね、これ。

「よし、できた」
 告白作戦発令から一週間後、私は自宅のキッチンで飛び跳ねた。先日の胡桃の話について考えていたらちょっとだけ注意力散漫になってしまったかも。とはいえこれで一通りの工程は終了した。
 私なりに愛と情熱を込めた、とっておきのフォンダンショコラが完成した。完璧だ。完璧すぎる大勝利。私はすでに勝っている。これで私たちは溶ける程の愛を誓うのだ。



 さて、次の日。紆余曲折あって、想い人にプレゼントをしなければならない運びと相成った私は鞄に例のブツを仕込んで登校する。
「おはよう。チョコ食わせろ」
 教室に入り、さっそく篠宮嬢からの不遜な歓迎を受ける。
「なんだよ、いいご身分だな」
 私はヘラヘラしながら返答した。今日だけは寛大な精神でそれを許してやろう。
「持ってきてるんでしょ? 例のアレ」
 心なしか胡桃の表情も浮いている。
「当然」
 私はそう言い放ちながら、鞄のポケットを開けてその中身をちらつかせた。小さな箱を包むは淡い桃色に花柄が控えめに散りばめられた包装紙。その中には当然、私が昨日作ったフォンダンショコラが入っている。
「まっ、ここはひとつ、楽しみにしておいてよ」
 私のしたり顔を無視するかのように始業のチャイムが鳴った。私は鞄を閉め、机の横のフックに鞄をかけた。

「おーい、薫子さーん。起きろー」
 遠くから声が聞こえる。
「起きてー」
 私を呼ぶのは……胡桃?
「聞こえてますかー」
 胡桃! 私はここよ! 気付いて!
「起きろってんだろうが」
「げふっ」
 文字通り、叩き起こされた。
「あれっ私、いつの間に意識を失って」
「アホか。ただ居眠りしてただけだ」
「うおっ、そうだったのか」
 一瞬でもファンタジーみたいな展開を期待してしまったことを、私は赤面をもって暴露した。
「あんたね、頭の中お花畑になってる場合じゃないでしょう」
 胡桃は腰に手を当てて叱責する。
「うっ、面目ない。ところで今何時」
 訊くと、準備していたかのように胡桃は即答した。
「十二時五十分」
「お昼休みじゃん!」
 図らずも叩いた机からやや大きな音が鳴ってしまった。
 夏見高校の昼休みは十二時四十分から十三時二十五分までだ。すでに十分経過している。
「そうよ。あんた、いくら体育の後の日本史だからって寝すぎだから」
「ううっ、すみませんでした」
 私は謝罪しながら鞄を漁り、財布を取り出す。昨日のチョコづくりが深夜にまで及んでしまった影響で今朝は弁当が作れず、今日は今から学食に弁当を買いに行く予定だった。
「やれやれ、この時間じゃもうろくなのが残ってなさそうだよ……」
 そう言い残して私はとぼとぼと教室を後にする。

「夕方の六時、北条を匿名で呼び出すんだっけ」
 二十分後、学食から戻った私に向かい、胡桃が声を潜めて話す。胡桃が最前列の自席にいたので私もそこで買ってきたお弁当を広げる。
 教室にはほとんど人がいなかった。私たちの他には窓際最前列で机をくっつけて話す女子三人、黒板への落書きに夢中になってる男子二人、廊下側最後列の自席でお弁当を食べる北条くんがいる程度。
「うん。もう手紙は出してある」
 言いながら、ぼそぼそしたから揚げがのどに詰まることを嘆く。
「じゃああとはその時を待つだけね」
「うん」
 私は返事をしながら軽く目線を変える。私の席は窓際の一番後ろ。そして廊下側の一番後ろが北条くんの席だ。彼は今日も一人でご飯を食べている。……きっと孤独を愛しているんだ。もしくは食事には並々ならぬこだわりがあって一人で食べたいのかもしれない。なんにしても、他者に流されないその姿勢は素晴らしいと思うよ。いつか誘ってあげよう。
「余裕をもって夜の六時。私の人生の分岐点はそこよ」
 正直、呼び出す時間はもう少し早くすればよかったとこの時から思っていた。待っている間に心の準備ができすぎてしまって、かえってどうにかなってしまうんじゃなかろうか……。
 北条くんが自分の真後ろにあるゴミ箱にコンビニ弁当の空き容器を捨てているところまで見届けた。ゴミ箱への振り向きざまに、北条くんの白いワイシャツのお腹付近に赤い染みがついているのを見つけた。ケチャップでもこぼしたのかな。おちょくって一緒に笑ってあげたい。

 六限の数学が終わった。十分の休憩の後にホームルームとなる。私は少しずつ高まる緊張に耐えながら自分の席でじっとしていた。
「薫子、大変よ!」
「ひい!」
 私の緊張感を返してほしい。ふいに、トイレから帰ってきた胡桃が教室に飛び込んできた。とても焦った表情をしている。
「大変よ、五時間目にC組で抜き打ちの荷物検査があったんだって」
 なっ……。
「なんですって! 胡桃、それってまずいよ!」
 私も思わず席を立ってしまう。
「ええ、この後のホームルーム中にD組の私たちが標的になる可能性はかなり高い。そうなると薫子のチョコレートがピンチ!」
「ひい! 没収されるだけじゃなくて晒し者にされるかも。それこそ公開処刑というもの。どどどうしよう」
 私はとりあえず鞄を開けた。このままにしておいても見つかるだけだから、とりあえず取り出してどこかにしまいこもうと思った。
「えっと確かこの辺に入れておいたはず」
 私は必死に鞄の中をかき回す。必死に……。
 ……必死……に。
「うんにゃ?」
「ん、どうした、媚びた声なんて出して」
 こ、媚びたつもりはないんだけど……。
「ない」
「なにが」
「チョコ」
「は?」
「ない」
「えっ?」
 その場は当然沈黙。周りは変わらず騒がしいのに二人の周りだけ別世界かのように無音だった。時計の針も、歩みが少しだけ遅く感じられた。
「荷物検査と知るや否や逃げ出したのかしら」
 胡桃のジョークは、余裕のなさの表れだということを私は知っている。胡桃は多分、私が極限まで焦るとかえって冷静になることを知っている。

 

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