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郊外系デイタイム

風邪とプリン

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風邪とプリン

十月。ついこの間までセミが鳴いていたかと思えば、もうすっかり長袖のお世話になっている。カーディガンさんは万能だなあ、だなんて独り言をしながら、土曜日の朝十時。私は半透明の袋をぶら下げて、築四十年くらい経っていそうなぼろアパートの階段を上る。 秋、というよりかは夏と冬の変わり目と表現した方がしっくりきそうなこの時期、私には毎年恒例のイベントが待っていた。
 三階建ての三階、五部屋あるうちの真ん中の部屋のドアを、常備している合鍵を使って開ける。ここは私の家ではない。
「史宏(シヒロ)、起きてる? コンビニ行ってきたよ」
 私はそう言って、ドアから顔だけ出して中の様子をうかがう。しばらくするとゴホッゴホッという辛そうに咳をする音が聞こえてくるので、私は「はいりますよー」とだけ言ってその部屋に侵入した。
 部屋の奥には顔を真っ赤にして無防備な格好で寝込んでいる男が一人。史宏とは付き合ってそろそろ長くなるけど、この季節は毎年この寝姿を拝んでいる気がする。この人は季節の変わり目に弱い。毎年この時期になるとSOSが私の携帯電話に届く。
「夕夏(ユウカ)……すまない、風邪うつしてしまうかもしれないのに」
 私に気付くと史宏は目を薄く開いて静かにそう言った。まだ熱は高そうだ。
「いいって、その時は史宏に面倒見てもらうから」
 私はそう笑い飛ばして、ベッドの近くにある座卓に持ち込んだコンビニの袋を置いた。袋を漁り、その中から一つ取り出して史宏の目の前にちらつかせる。
「はい、プリン買ってきたよ」
 特別なことの何もない。コンビニに行けば普通に買える、普通のプリン。私がそれを見せると史宏はゆっくり起き上がって、
「ああ、ありがとう」
 とだけ言ってそれを受け取った。
 普段はプライドが高くて、ぶっきらぼうで、ちょっと俺様な人だけれど、風邪をひくと史宏は途端に素直になる。そしてなにか買ってきてほしいものはあるかと訊くと、プリンを必ず要求してくる。小さいころからの習慣で、風邪を治すためのジンクスとして今もプリンは必ず食べたくなってしまうらしい。 言っちゃ悪いけど、かわいい。
「どう、プリン食べたら元気になった?」
 私は台所の片づけをしながら聞いた。急な体調不良だったらしく家事がどこもかしこも中途半端になっていた。
「そうだな。だいぶ楽になった」
「さすが。病は気から、だね」
「ああ」
 これが私の毎年恒例イベント。これは史宏に「俺には君がいないとダメなんだ」ということを存分に思い知らせて、いつも主導権握られっぱなしの私がこの時ばかりは思う存分主導権を握ってやろうというイベントなのだ。この話をするとなぜか周りの女友達からいつもバカかって言われるけど気にしない。これはなかなか素直になってくれない私からのささやかな復讐なのだ。
「うどんも買ってきたんだけど、すぐ食べる?」
「……そうだな。頼む」
「オッケー、まかせて」
「悪いな。世話かけて」
 おお、史宏くん。弱ってるねえ。素直だねえ。いつもは自分でやった方が早いしうまくできるとか言って台所立たせてくれないのに。事実だけど。
「ふふん、ありがたく思えよー」
 そう言って片付け終わった台所でうどんの準備。史宏はまたしばらく横になっていた。
 私は史宏に常にマウントを取られ、言いくるめられて、それでも結局は楽しいからそれでいいやって思ってしまうこともある。主導権を握られるっていうことはなんでも決めてくれるってことだから、握られる側は甘んじていればとても楽だ。でもそこで甘えてばかりじゃ駄目だと思っている。何もしないでいたら、何も与えられないでいたら、きっといつか私は史宏にとっていなくてもいい存在になってしまう。だから何回言いくるめられようと私は史宏の斜め前に立とうとすることをやめない。そして史宏が弱って素直になっている時はここぞとばかりにその手を引いてあげたいと思っている。
「できたよ。ネギやわかめも入ってるよ」
 そんなことを考えながら作業していたら、あっという間にうどんは完成した。料理と言えるほどのものでもないけれど、私が作ったものを史宏が食べるのは久しぶりだ。
「ありがとう」
 史宏はまた静かに起き上がり、ちまちまと食べ始める。心なしか、顔色はさっきよりも少しよさそうだ。プリンの力は絶大だなあ。
「どういたしまして。私が寝込んだ時は史宏が作ってね」
 できればずっとこの様子を観察していたいところだけど、今日はそうもいかない。今何時かな。
「やば、もうこんな時間」
 私は腕時計を確認してすぐに立ち上がった。この後、私には約束があった。
「出かけるのか?」
 なにその寂しそうな顔。出勤する飼い主を見送る犬か。くそう、もう少しじらして遊びたいけど待ち合わせに遅れちゃう。
「うん、今日は久々に地元に帰ってきた友達と会うの。夜になったらまた様子見に行くから」
 言うと、史宏は「そうか」とだけ言ってまた大人しくなった。私は軽く挨拶してから家を出た。



「で、今年も彼氏に呼び出されてかいがいしくお世話してきたのね。ねえ夕夏。部外者だからと思って今まで言わないでいたけどさ、あなたの彼氏はたぶん、夕夏が主導権を握りたいって思ってることを知っててそれを逆手にとって看病頼んでるよね」
「えっ」
「結局主導権握られてるよね 」
「あっ」
「バカか」
 ……いいんだよ、WinWinの関係ってやつだよきっと。


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