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郊外系デイタイム

見えない横顔

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見えない横顔

いつもいかない場所に行くから、今日はいつも使わないバスに乗る予定だ。
 バス停は日頃私たちが通っていた大通りを一度だけ右折して、程ない距離にあった。自宅から歩いたって十分もかからなさそうな距離だけれど、ここにバス停があることは知らなかった。
「ねえ、道弘」
 バス停に備え付けられている木製のベンチに座っている私は、同じく隣に座る同居人に声をかけた。おもむろに、意味もなく。道弘はゆっくり私の方を向き不思議そうに微笑んだ。
「なに?」
「元気?」
 私が間髪入れずに訊いても、道弘は顔色ひとつ変えずに「元気だよ」と返してきた。
「そう、よかった」
 その後なにも言葉を続けることができなくて、しばらく二人の間には沈黙が流れてしまった。

 付き合う前から知っていたことだけど、道弘は表情があまり豊かではない。人の心なんてわからないと言うけれど、道弘ほどわかりづらい人というのも珍しいと思う。
 道弘と私は小学校より前からの幼馴染みで、お互いに好意があったわけではないけれど何となく一緒にいることが多かった。その縁が、お互いが会社勤めするようになっても続いている。でも、それでも私にはまだ道弘のことがわからない。道弘が何を好んでいるのか、何を目指しているのか、……私のことをどう思っているのか。

「これ、見て」
 私は沈黙に負けじとスマホの画像を漁って、その中から一枚の画像を表示させて道弘に見せた。
「猫だね」
「かわいいでしょ。今朝、玄関の前で日向ぼっこしてたの」
「かわいいね」
 ……。
「道弘ったら呼んだのに、ずっと寝てたからねえ」
「ごめんね」
「あっいや、謝らせたいわけじゃないんだ」
 淡白なコメントばかりもらってしまったのは、道弘がこの話に興味がないからというわけではない。道弘はよく、面白かったよといって私に小説本を貸してくれる。それを読んで一緒に感想を語り合おうと思ったこともあったけれど、その時もやっぱりこんな調子だった。あと十年もすれば私はこの人に対して「私の名前はおいじゃありませんよ」とでも言っていそうだ。
 ただ、寡黙な男なんだって結論付けるのは簡単なんだけれど、もしその言葉の裏に隠された気持ちがあるのだとしたら私はそれを知りたい。道弘はただの寡黙な男ではないことを私は知っている。

 バスに乗ると、乗客は私たちの他に二人いた。それぞれ離れた場所に座っている。ある人は脇目も振らずにスマホを操作しているし、ある人は口を開けて居眠りしている。私たちはそのどちらとも近くない、一番後ろの席に座った。
 道弘は窓際の席でたそがれるように窓の外を見ていた。しばらく住宅街が続いた後、ふいに道がひらける。その先にはスーパーや喫茶店が数軒並んでいた。日曜日なのに制服を着て歩いている男子学生、自転車でスーパーを目指す女性。他にも、商店街には相応の人通りがあり、それぞれがそれぞれの目的のために活動している。
「家の近くにこんなところがあったなんて、どうして知らなかったんだろう」
 ふいに、道弘がそうつぶやいた。特に表情も変えずに。珍妙な言い回しだとは思ったけれど、私は条件反射で「そうだねえ」と答えてしまった。彼の視線は窓の外にあって私の方は見ていなかったから、目はあわなかった。
 今の言葉には、どんな意味があったんだろう。センチメンタルな気持ちになってるんだなってことくらいならわかるけど……。

 きっと私は道弘に対して、本質的に共感できていない。年を重ねるほどに、関係を重ねるたびに、この空しさが私に焦りを与える。
 付き合ってみればなにかわかるかもしれないと思った五年前。一緒に住んでみればなにかわかるかもしれないと思った去年。そんな不純な興味本意でなしくずし的に関係を続けてしまっているけれど、どちらも肩書きや生活が変わるだけで、優しい道弘の存在するかもわからない心の内は私にはまだ見えていない。出会って二十年経って、どんどん見えなくなっているようにも感じた。
「ねえ、辛いことでもあった?」
「えっ」
 おセンチな気分になっているのなら、元気づけたい。当たり前だよね。自分に言い聞かせながら私は質問する。
「元気無さそうだったから」
「ああ……大丈夫だよ。ありがとう」
「あ……うん、よかった」
 ああ、大丈夫ってことは辛いことはあったんだね。
 だめだよ。普段なにも見えないくせに、そういうところばかりを絶妙に明かすのはやめてほしい。私の心の置き場がなくなってしまうじゃないか。まるで、君のことを理解してあげられない私が悪人みたいだ。
 君を理解したい。これは私の傲慢なの?
「ねえ、夕子」
「なに」
「怖い顔をしている。なにか気に障ることでもしたかな」
「えっ?」
 ……顔に出したつもりはなかったのに。私は両手で顔を揉みほぐして少し笑顔を作りながら、
「ごめん、なんでもない」
 とだけ言った。
「夕子」
「うん」
「このままバスが止まらなければいいなって思う」
 ……ずるい。
 悔しいから、私もなんとか言い返すことにした。
「そう? おなかすいちゃうよ」


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