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郊外系デイタイム

Pert6

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Pert6

「鈴先輩、今日も学校お休みなんですか?」
「うん。お医者さんが言うには学校も音楽も頑張りすぎだってさ……」
 昼休みのライブハウストッキョーには篠宮と清がいた。しかし、オーディエンスが二人いるのみで、肝心のパフォーマーがいない。鈴は、高校三年生も半ばというところで急に体調を崩し、入院した。大げさなことではないと言いすぐに退院したが、その後も鈴はよく学校を休むようになった。
「双子の私がいろいろ奪っちゃったのかもしれないけどさ、鈴ってもともとあまり体が強い方じゃなかったんだよね。そんな弱い自分を変えるためにギターを持ったんだよ、あの子は」
「知らなかった……」
「実際にギターを持って強くなっちゃったからね……。それに鈴は自分の弱さを絶対に人には見せない。ましてや篠宮くんには絶対見られたくないだろうね」
「それは嬉しいようで悲しいです」
「……まあ、心配しないで。すぐ元気になって帰ってくるから」
「……」



 年度末ということもあり篠宮の仕事も多忙を極めてきた。毎日終電近くまで働いているので自宅で食事を用意することができず、必然的に外食の機会が増えたのだ。いつもであればよくない傾向としてとらえているところだが、今の篠宮にとってはいささか都合がよかった。
「今日はマジックを嗜むお客様がいらっしゃいました」
「へえ、マジックとは珍しいですね」
 日が変わるか変わらないかといった時刻に、篠宮はゆきだるま食堂に来ていた。他の客も従業員も帰った静かな食堂で、篠宮は食事と三十分程度の会話をして、最近発見した浦河から夏見まで運行している深夜バスに乗って家に帰ることが恒例になっていた。篠宮は亜美の話を聞くのが好きだった。亜美が語る日常はとても明るく、幸せに満ちているような気がしていた。
「すごいんですよ。何も持っていなかった手のひらを丸めたと思ったら、次の瞬間小さな花束が現れたり、うちの店で使っているお箸を瞬間移動させたり、増やしたり!」
 亜美はマジックを見るのは初めてだったようで、その様子を眼を大きくして熱弁していた。
「素敵なお客さんですね」
 篠宮が言うと亜美はその時のことを思い出して笑いながら、
「ただ、たくさんのマジックを見せていただいた後、そのお客さんに『これで食事代にならないか』って言われたときは困りましたね」
 と答えた。
「結局、どうしたんですか?」
「ええ、素敵なマジックでしたから特別にサービスしてしまいました。もちろん、今回限りだと念を押しましたけどね。したらそのお客さんなんて言ったと思います?」
「えっ、何か文句言われたんですか?」
「いえ、とんでもない。彼はこう言ったんです。『なぜ私がまたこの店に来ようとしていることが分かったんだ。君もマジシャンなのかい?』って……。大変、言葉のお上手な方でした」
 亜美はそういってまた微笑んだ。
「真性のパフォーマーなんですね。そういうことができる人は生きるのも楽しそうですよね」
 篠宮が相槌する。今日は珍しく、亜美に酒を提供してもらっている。心なしか、篠宮の口も軽くなる。
「そうですね。自分の芸とトークで人を幸せに出来る人。そういう人の周りには人が集まりますからね」
 そう言いながら亜美はビール瓶を両手に抱えたまま壁にかかっている時計を一瞥し、先を続けた。
「話上手の集める人気は一過性のものとも言いますが、マジシャンさんを見てそんなことはないなと思いました」
 難しく考えてしまう例の話。それを始めるスイッチが起動したようだと篠宮は察した。同時に、さっき亜美が時計を見たのは「早く帰ってほしい」の意味ではなく、まだ「話しても大丈夫かな」の意味だったのだろうかと邪推する。
「水原さんは、話し上手な人が好きなんですか?」
「ああ、そういうわけではないんですよ」
 亜美はそう言い、篠宮の開いたグラスにビールを注ぐ。
「接客をする身でありながら恐縮ではありますが……はっきり申し上げてしまうと、私は聞くより話す方が好きなんです。なので、話好きな方といるよりはずっと私の話を聞いていてくださる方と一緒にいたほうが楽だったりします」
 そう言ってすぐに、亜美は表情を変えず、静かに一言添えた。
「私は話を聞いてくれる人を心のどこかで求めているのかもしれません」
 亜美はそう言って目を伏せた。まるで感情を読まれないためにポーカーフェイスを気取っているようだった。
「きっといますよ、そういう人も」
 篠宮が言うと、亜美は目を開いた。少し驚いたように見えた。しかしすぐに笑いが込み上げてきたようで、それをごまかすように亜美はコホンと咳払いして言った。
「……そうですね。もしそんな人と過ごせる日々があるのなら、私も憧れてしまうかもしれません。恋というものに」 



「篠宮くーん。お姉さん見ちゃったんだけど」
 相変わらず威勢のいい音でおちょこを篠宮の前にたたきつけて清が言うが、篠宮は、
「なにをですか?」
 なんてとぼけた。
「なにをじゃないわよ。私が誘ってない日に君が浦河にいるんだもの。何かと思ったらあんなところで密会とはね」
 清はあの後も篠宮がゆきだるま食堂に足しげく通っていたことを知っていた。篠宮は清からの唐突な話題提起のインパクトと日本酒の香りにあてられてしばらくむせた。
「人聞きが悪いです」
 篠宮は咳がやむかやまないかというところで何とかそういうが、清には、
「悪かないわよ」
 と一蹴された。そしてそのまま亜美との出会いやゆきだるま食堂での邂逅の様子などを洗いざらいはかされた。篠宮は昔そうだったように、話した後にからかわれることを覚悟していたが、清は思ったよりも冷静で、ある程度話を聞き終わった後も微笑む程度だった。篠宮の見ないうちに、清もいくらか変わっていた。
「そんな素敵な出会い、そうあるものじゃない。うらやましいくらいよ」
 優しい表情で清は言った。
「それなのに君はなんでそんなに浮かない顔なのかね」
「……」
 清は、今日は篠宮となかなか目が合わないということを気にしていた。何かあったということはすぐにわかった。
「情けない話なんですけど、いいですか」
「いつも通りじゃない。聴くよ」
 清はそう言いい、テーブルに頬杖をついた。
「清さんも言うとおり、水原さんとの出会いは……素敵な出会いだと思ってます。水原さんといる時間はとても楽しいです。大切だし、これからもこんな日々が続いたらいいなと思っています」
 篠宮の視線は下を向いていた。
「ただ、家に帰って、鞄を投げると同時にいつも思い出すんです。その間、鈴さんが俺の中からいなくなっているということを」
 清は相槌も打たずにそれを聞き、篠宮の言葉が終わると数秒考えて答えた。
「そう言うと思った。私はいい傾向だと思うけれどねえ」
「ええ、清さんならそう言いますよね」
 篠宮の返答に若干の笑みが含まれているように感じた。皮肉を笑うような薄笑いだった。
「でも、僕は忘れたくないんです。誰に、なんて言われようとも」
 篠宮にしては珍しいくらいに強い意思表示だった。だが、それが清には気に食わなかったらしい。清は一度深くため息をついた。
「そこまで言うなんて……まったく、あんな音楽バカのどこがそんなに良かったんだか」
「音楽バカって……清さんがそれを言うんですか。鈴さんのこと、今までそんなふうに思っていたんですか。鈴さんは音楽に対してあれほど真剣に……それをバカにするなんて」
「落ちつけ。鈴をバカにしてるのはあんたの方よ」
「な……」
 清がいつになく鋭く篠宮の言葉を切り返してきた。
「そんな呪いみたいに扱われちゃあ、あの鉄面皮女も泣くわね」
 鉄面皮は余計だが、清の言葉は篠宮を深くえぐった。
「……」
「まだ言いたいことはある?」
「すみません。清さんの言う通りです」
 熱くなっていた熱が冷めるように篠宮は肩を落とした。
「うん。君は素直が一番いいのだよ」
 清はそう言って篠宮を許し、空いたお猪口に酒を注いだ。篠宮は煮え切らない表情でそれを見ていた。
「終電ぎりぎりまで付き合わせちゃって悪いわね、それじゃあ気を付けてね」
「はい、清さんこそ」
 店を出て清が駅とは反対方向に向かって歩き始める。それを見送るや否や、篠宮はその反対の道を早足で進んだ。
 ゆきだるま食堂に向かうつもりだった。一刻も早く、亜美に会わなければならなかった。この気持ちがうやむやになる前に、亜美に言わなければならないと思った。
 果たして、篠宮は雪だるま食堂には行くことはなかった。篠宮の視線の先に、こちらに向かって歩いてくる亜美の姿を見つけたのだった。厚手の白いコートに灰色のマフラーとこげ茶色のロングスカートを身にまとった彼女は、息を白くしながら伏し目がちにこちらに向かって歩いていた。
 今日は雪でも降りそうなくらい寒かった。
「水原さん、今帰りですか」
 あと数歩というところで篠宮が声をかけた。亜美は「ああ、篠宮さん」と言って軽く手を振った。
「いえ、私はあのお店の二階に住んでいますので……今は、ちょっと散歩したいなって思って」
 寒さのせいか、鼻や頬が少し赤い。
「よかったら一緒に歩きませんか? 聞いていただきたい話もあるんです」
 亜美はそう言って篠宮を誘った。篠宮に亜美の誘いを断る理由はなかった。篠宮も亜美に確かめたいことがあったから。
「聞いてほしい話って、水原さん、悩みでもあるんですか?」
 居酒屋が集う通りを抜けるとそこには少し大きめの公園があった。もう深夜だから、二人以外には誰もいなかった。公園の中央にはありがちな見た目をした白い噴水があった。季節のせいか時間のせいか、動作はしていなかったが。
「ええ。篠宮さん。実は最近、とても悩んでいることがあるんです」
 亜美はそう言ってその噴水の前で立ち止まった。
「いい大人なのに恥ずかしい話なのですが、今まで感じたことのない感情に支配されて、抜け出せなくなっているんです」
 それを聞いて篠宮は嫌な予感を覚えた。その先を聞いたら篠宮は亜美に言いたかったことを言えなくなる。亜美の視線は篠宮に集中している。対する篠宮はおそるおそる視線を合わせた。
「その時必ずと言っていいほど、あなたと店で話した日々のことを想います。ねえ、篠宮さん。これは恋だと思いますか。私は、篠宮さんのことを好きになってしまったのでしょうか」
 小さな声が広い公園に通る。聞こえなかったなんて通用しない確かな言葉として篠宮はその告白を聞いた。
 今一番聞きたくない言葉だった。
「……わかりません」
 篠宮は小さくかすれそうな声でそう答えた。亜美には聞こえていなかったかもしれない。そのままお互い黙っていた。どれくらいの時が流れたのかわからない。
 先に耐えられなくなったのは篠宮の方だった。
「失礼します」
 篠宮はそのまま亜美に目を合わせもせずに踵を返した。
 背後からは呼び止める声も聞こえなかった。

 篠宮は逃げていた。また、かつて亜美に逃げることをアドバイスした篠宮は、今こうして逃げ出している自分のことを激しく嫌悪していた。
 亜美のことを好きでないなんてはずはなかった。ただ、やっぱり鈴を自分の中から失いたくなかった。たとえ呪いだと揶揄されたとしても。だから亜美の店にはもう行かないと言うつもりだった。これ以上、亜美から離れ難くなる前に決断したかった。しかし、それは失敗した。
 私がいるからお前は恋愛ができないのか。私を言い訳にするのはやめろよ。
「すみません、先輩はきっとそう言いますよね」
 篠宮はおもむろにそうつぶやき、ゆっくり顔を上げる。雪が降り始めた。予報では今日は都心でも積もるらしい。
「でも、言ったじゃないですか。俺はずっとファンだって。忘れられないですよ」
 まだ深夜バスが発着する停留所までは距離があったが、篠宮はふらふらと歩いていた足を止め、その場に立ち止まった。
 鈴との思い出がどんどん汚れていく。
 鈴を想う度に自分が腐敗していく。
 鈴が言い訳の材料になっていく。
 思い出せば、思い出すほどに。
「俺は……どうしたいんだ」
 篠宮の心にも、雪が積もり始めた。

 

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