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郊外系デイタイム

Pert5

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Pert5

吹奏楽部が合奏で利用する第一視聴覚室に比べると、軽音楽部の部室である第二視聴覚室はずっと狭い。もっとも、軽音楽部は人数が少ないのでそれで必要十分なのだが。
 その狭い第二視聴覚室の隣にある、さらに狭い第二視聴覚準備室で、篠宮と清はたびたび会っていた。会っていたと言っても逢瀬に来ているのではもちろんなく、この二人は第二視聴覚室で作曲に勤しむ鈴のことを準備室の小窓から観察する仲なのだ。
「ねえ、清さん。鈴さんのことなんですけど」
「また鈴の話? あんたも好きねえ。たまには私に興味持ってくれてもいいのよ?」
「えっ……じゃあ清さんに訊きます。将来の夢ってありますか?」
「エリートと結婚する」
「即答かつ身も蓋もないですね」
「蹴っていい?」
「すみません」
「というか、もしかして私に鈴の将来なんて訊こうとしてたの?」
「いえ、鈴さんは音楽で食べていくことが夢だってわかってますから、ただ、鈴さんにとっての幸せって何かなって、訊こうと思ってました」
「ふうん、残念ながらそれは私にもわからないかな。音楽だけやってれば幸せって決めつけることはしたくないし、鈴にだって色々な幸せになれる可能性があるはずなんだもん」
「幸せの可能性か……そうですね。それなら、俺はいつ音楽をがんばっている先輩が受け皿を必要としてもいいように、ずっとここにいようと思います。そして、その時は先輩と一緒に可能性探しをします」
「なーによ、後輩風情がかっこつけちゃって」
「茶化さないでください。これでも結構頑張ったんですから」
「はいはい。それにしても幸せといえば、同類の私が言えた義理じゃないけど、鈴、このまま男っ気ないのも考え物よねえ」
「……そうです、ねえ」
「ああ、ごめん篠宮くんは男の子か」
「清さんは俺をなんだと思っていたんですか」
「そうだなあ、素直で従順な子犬みたいだなあって思うよ」



 清はあれからも頻繁に篠宮を飲みに誘った。清は昔から篠宮を飼い犬か何かと勘違いしている節がある。いつも急に呼び出して、急にキャンセルする。
 篠宮は篠宮で、現在鈴の幻影にとらわれている真っ最中なので、同じ顔をしている清からの誘いを決して断らなかった。無論、篠宮にとっては清も世話になった先輩なわけで、幻想がどうとか関係なくとも飲みの誘いは積極的に受けていたのだろうが。
「まったく、地元だからって毎回店を変えるのやめてほしいなあ」
 篠宮は仕事帰りの水曜日に急な連絡を受けて浦河の居酒屋が多い通りを歩きまわっていた。スマホに地図を表示させながら、時々立ち止まって、現在地の確認をしていた。
 ふいに、そのスマホが急に震え始めた。地図を凝視していたところに突然の着信があったものだから篠宮は驚いてスマホを落としかけた。冷静になって着信を確認してみると、清からのメッセージを受信していた。
「……あっここまで来させておいてドタキャンですか。まったく清さんったら」
 清が当日の夜にキャンセルの連絡を入れることはあまり珍しいことではなかった。篠宮は清が平日勤務のデスクワーカーでないことは知っているので、あまり責める気はなかったが、それでも少し肩を落としてしまう。
「仕方ない、この辺でご飯にしよう」
 篠宮はそう言ってあたりを見渡す。とはいえそこにあるのは居酒屋ばかりで、ちょうどよい場所を選択するのに余計な時間を要する羽目になった。
 少し歩くと、居酒屋街の外れに小さな定食屋を見つけた。
 ゆきだるま食堂。聞かない名前、個人のお店なのだろうか。汚くはないが、かなりの築年数をしているように見受けられる。篠宮の倍は生きているのかもしれない。白塗りの壁に囲まれた黒い横開きのドアの隣には雪だるまのオブジェクトが本日のおすすめメニューを紹介した黒板を抱えて座っていた。篠宮は個人経営の店に入ることは滅多になく、臆する気持ちもないことはなかったが、店名の愛嬌と、なにより空腹感に負けて、その店ののれんをくぐった。
「いらっしゃいませ」
 店内は思っていたよりも狭かった。今は他に客はいないが、カウンター席に五人座れば満員になる。しかし、狭い分清掃は行き届いており、居心地の良さを感じる。篠宮は早くも思わぬいいところを見つけたのではないかと高揚した。
 カウンターの端に座り。上着を近くのハンガーにかける。するとカウンター越しにいる店員の若い女性に声をかけられた。
「メニューをどうぞ」
「あっ、どうも」
 狭い店で置くスペースがないのか、従業員がメニューを手渡ししてきた。篠宮は一言返事をしてそれを受け取る。
「あれ?」
 篠宮は店員からメニューを受け取る時に初めてその人の顔を見た。それで今の声だ。
「あなたは、あの時の……」
 あの時とはずいぶん雰囲気が違っていたが、篠宮はメニューを渡す時の彼女の笑顔を見て、運よく気付くことができた。篠宮はこの店員とは一度会っている。具体的には、友人の結婚式の日に式場のエントランスでだ。
 篠宮の言葉を聞いて、目の前の店員は目を丸くして驚いた。
「まあ、あなたは私を逃がしてくださった方ですね。すごい、なんて偶然でしょう!」
 少し語弊がある気はしたが、その女性、水原亜美はあの時と同じ丁寧な口調で篠宮との再会を喜んだ。



「おいしいです。本当に、いいお店見つけたなあ」
「ありがとうございます。張り切って作ったかいがあります」
 篠宮が注文した生姜焼き定食に対する感想を述べた後もまだ客はいなかった。雪だるま食堂のピーク帯はどちらかといえば午前から昼頃までらしい。
 雪だるま食堂は亜美の祖父母夫婦が創設し、今は亜美がそれを継いで切り盛りしているらしい。閉店間際の今はほかの従業員はおらず、図らずもその場にいるのは亜美と篠宮の二人だけだった。
「あれから逃走はうまくいきましたか?」
 変な聞き方だが、篠宮はやはりそこを気にしていた。
 恋愛がよくわからないままそれを強要され、その場からも世間体からも一度逃げた彼女に対して、逸る気持ちを抑えられずに脈絡もなく質問を投げた。
「ええ、ばっちりです」
 篠宮の質問に対して、亜美は両腕を体の前でまげてガッツポーズをつくり、笑顔でそう答えた。
「あの時、篠宮さんが背中を押してくださったおかげでとても勇気が出たんです。そこまでのことをしたつもりはないでしょう? でも本当なんです」
 そんな俺なんかたいしたことしてないです。と言おうと思ったところで先を越されてしまい、篠宮は何も言えずにとりあえずにこにこしていた。すると亜美は言葉を続けた。
「決して、色恋に興味がないわけじゃないんです。でも、私には私のペースがあって……たとえばもうちょっと自由でいたいとか、このお店を守りたいとか……そういうことと天秤にかけながら、恋愛も出来事の一つとして嗜みたいと思うんですよね。みんなが結婚するから私も、みたいなことはしたくないんです」
 亜美は洗った食器の水気を布巾で拭きながら話していた。篠宮が話に相槌を打とうとしたら、ちょうどのタイミングで食べ終わった食器を返却するように言われてしまい、また何も言えなかった。
「それに、私って不器用なのか、こういうことってどうしても難しく考えすぎちゃうんですよね」
 亜美は自嘲気味にそう言って笑った。
「ああ、わかる気がします。理屈っぽく考え始めるとどんどん深みにはまっていく感覚は俺にも覚えがあります」
 食器を重ねてカウンターの向こうにいる亜美に手渡ししながら、篠宮はようやく相槌を打った。
「そうなんですよね。……思考が絡まると話はどんどん道徳的、さらには倫理的な観点で進んでいってしまいます」
 亜美は篠宮からの共感が予想外だったのか、話に熱がこもってくる。
「その話、興味あります」
 篠宮はその熱源に興味を持った。食器を下げたあたりから、篠宮と亜美は客と店員の立場ではなくなっていた。
「そうですね、お食事処であまりディープな話はできませんから……」
 少し困った表情になる亜美を見ながら、それを聞きたい、と思った。亜美はああでもないこうでもないとしばらく呟いていたが、程なくしてようやく加減の利いた話を選べたようだ。
「ええと、篠宮さんは今お一人で暮らしていらっしゃるのですか?」
「大学生の妹と二人です。とはいえ、家のことを何もしない居候みたいな妹なんですけど」
 篠宮が照れるように言うと、亜美は静かに頷いた。
「それなら篠宮さんも誰かに言われたことがあるかもしれませんね。『生活力のある人は婚期を逃す』と。とくに男性がよく言われるようですね」
「あっあります。俺あの言葉嫌いです」
 篠宮はあまりの共感につい、オブラートに包むことなく馬鹿正直に返事してしまった。
「私もです。なぜあなたは私の婚期を知っているのですか、と言い返したくなるのを我慢する日々です」
 一方で亜美もその言葉には今まで散々辟易させられてきたようだった。
「ただ、私はこういう時にただ憤るだけではなく、なぜこの人はそういうことを言ったのか、その発言にどんな背景があるのか、を考えることにしています」
 先程亜美が言っていた、難しく考えてしまう、の部分に突入したことを感じた。
「背景、ですか」
 篠宮は先が気になり相槌で話を促した。
「あれこれ考えたのですが、きっとその都市伝説が通用していた時代というのもあったのだと思います。娯楽の少ない時代に多くの人が同じ音楽のヒットチャートに注目していたように、結婚も多くの人が当然のように通る道としてあったのでしょう。今はそういう時代ではありませんが、それでも当時の慣習が根元に残っている人というのはまだ大勢いらっしゃいますよね」
 亜美の話に篠宮が続く。
「娯楽の多様化が原因の一つとなり音楽産業が低迷している今、同じ原因で恋愛も大勢のメインとなる関心事ではなくなっているんですね」
「おお、そんなふうに応えてくれたのは篠宮さんが初めてです」
 篠宮の返答を受けて亜美の表情が一気に変わった。驚きに喜びと期待を含んだような表情だった。
「音楽業界の落ち込みと恋愛観の多様化を関連付ける人は初めて見ましたけどね」
 しかし篠宮がそう言って笑うと、亜美は再び恥ずかしそうに丸いお盆で顔を隠した。
「そっか、いつも余計なお世話だとばかり思っていたけど、人が何か言う時には必ずその理由や背景があるんですね。自分と違うからと一口に否定せず、尊重していけるのが理想ですね。……て、あれ。恋愛観の話から遠くなってしまいましたね」
 今度は篠宮が照れるようにそう言って笑うと、
「たしかに話が大きくなってしまいましたね」
 亜美はそう言い、左手を口元に寄せて微笑んだ。
「でも、そういうものなんだと思います。結局、恋愛もコミュニケーションなんですから」
 例えばいくら相手を想う気持ちが強くても、独りよがりに想いをぶつけていればそれは『想い』ではなく『重い』だ。双方の尊重。時には妥協、我慢、衝突。こと恋愛についてのみそれらの困難から回避しようだなんて、無理な話だ。しかし、日常的にそんなコミュニケーションができるほど、篠宮は達者ではなかった。篠宮でなくてもきっとそうだろう。だから人は迷い、すれ違う。
「途中、少し愚痴っぽくなってしまいましたね。すみませんでした」
 終電の時刻が近付いてきて、篠宮は名残惜しみながらも席を立った。
「いえ、気にしないでください。とても楽しかったですから」
 篠宮の返事を受け、亜美は複雑な表情になる。喜んでいるようで、困ってもいるような表情。
「私の考えていることに共感してくださる方なんて珍しくて……ちょっと恥ずかしかったです。でも、無下にするようなこともなくたくさん打ち明けさせてくださり、ありがとうございました」
 ……。
「あっ……いえ、はい。またいつでも、聞きますよ」
 ここでも言われた。篠宮は一瞬だけそのことで頭が支配され、受け答えが挙動不審になっていた。
「どうかなさいました?」
「なんでもないです。ちょっと、昔を思い出しただけです」

 

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