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郊外系デイタイム

Pert4

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特別教室。
 入学した生徒が減ったことをごまかすためにその名があつらえられたような人気のないその場所は、放課後になると鈴がアコーステックギターで弾き語りをする場所であり、篠宮がその数少ないオーディエンスとしてその歌を聞く場所でもあった。ライブを終えた後も演者と観客が盛んにコミュニケーションを行える、というのがライブハウストッキョーの最大の特徴だった。
「先輩、テストは返ってきましたか」
「半分くらいね、今のところ。まあ、悪くない調子よ」
「わっ、悪くないどころかどれも九十点台じゃないですか。鈴先輩、音楽だけでなく学校の成績もいいって、いったい何者なんですか」
「得体の知れないものを見るような目はやめて。バカは表現者になれないの」
「それは手厳しい。わかってはいるつもりでしたけど、ちょっとストイックすぎませんか? いつか燃え尽きてしまいますよ」
「なんで君にそんなこと言われなくちゃいけないの」
「えっ……それは」
「私はまだ燃え尽きてない。それって、まだ燃え続けられるってことだよね」
「そ、そんなネットで騒がれてるブラック企業みたいなことを……」
「あのね、私は組織じゃないの。一人で戦うのだから、限界は私が決める」
「……すみません」
「……ううん、心配してくれてるんだよね。ごめんね」



 土曜日。篠宮は大学生の時以来の二日酔いで倒れていた。鈴は篠宮の想像を軽く凌駕するほどの酒豪だった。いくらでも付き合うと言った手前途中で断ることもできず、結局朝方まで地獄のような時間を過ごしていた。
「清さんも色々たまってたんだ。俺の二日酔いくらい安い……と思わないとくじける」
 篠宮は自室のベッドに倒れ、枕に顔をうずめてそう唸っていた。
「相変わらずのようね、私のお兄様は」
 不意に部屋の入り口付近から声が聞こえた。
「そういう胡桃も相変わらずだな。皮肉を言いに来たと見せかけて、本当は心配してくれてるんだもんな」
 篠宮がそう言って笑った相手は、篠宮の妹で篠宮胡桃という。
「そんなわけないでしょ!」
 胡桃は大学卒業後の進路のことで両親と喧嘩して家を飛び出し、当時一人暮らしをしていた篠宮の家に転がり込んできたという。この家には兄妹二人で暮らしている。
 胡桃はよれた白いシャツに、些かサイズが小さいピンク色のハーフパンツというとてもラフな格好でぼさついた頭をかいていた。外に出るときはどんなに些細な用事でも完全武装するというこだわりがある反動で、家では思いきりだらしなくなるらしい。大学生らしいと言えばそうなのかもしれない。
「兄さん、昔の彼女の妹と飲んできたんだっけ」
 胡桃は無遠慮に兄の部屋に入り込む。飲みに行くという事情は胡桃には話していた。
「ちょっと違うけど似たようなものかな」
 篠宮は妹が部屋に入ってくることは気に留めず、質問に対して多少の見栄を含んだ回答をした。すると胡桃は指を顎に当てて考える素振りをする。
「昔の彼女の双子の妹……となるとやっぱり目的は……」
「違うからな」
 胡桃が「乗り換える気かな?」と言い終わる前に篠宮が制止した。
「胡桃、大学生になってから急にそういう話題多くなったね。なにか不純なことを考えているようだけれど、生憎、特に面白い話はないと思うよ」
 篠宮が先制攻撃を入れるも、胡桃は考える姿勢を解かなかった。
「ということは兄さんは引き続き、家出した妹を養うのが生きがいの憐れな青年のまま?」
「追い出すぞ」
「ごめんごめん冗談だってば」
 篠宮がついに厳しい言葉をかけると胡桃は笑顔で手を振り前言撤回した。
「とはいえよねえ。居候してる私が言えた義理じゃないけど、兄さんこのまま女っ気ないのも考え物よねえ」
「……そうかな」
 篠宮は胡桃の言葉に少し動揺した。ここでも言われるのか、と。
「そうよ。もういい大人なんだから、いつまでも引きずってないでさ」
 そう言って胡桃は部屋のドアに向かって歩きはじめる。
「私の友達紹介しようか? 女子大生でよければね」
 胡桃は返事を聞く前に篠宮の部屋から出た。
 部屋は再び篠宮一人がいるのみとなった。篠宮はなぜか取り残された気分を覚えた。枕に再び顔を沈めて、その枕を強く両腕で握りしめた。
「清さんといい胡桃といい、余計なお世話なんだよ」
 普段あまり独り言をしない篠宮だが、この時ばかりはたまった感情を外に出すことで早く落ち着きたかった。
 篠宮は長い時が経過して次第に薄れていたはずの感情に、再び火がつけられたような感覚を覚えた。かつて好きだった人と同じ顔を持つ清と出会い、しかし鈴にとらわれるなと言われた。すると余計に、鈴に対する想いが膨らみ、心の多くを占領し始めるのだった。他のことを考える余地がなくなるのだった。
 でも、それでも、鈴はもういない。たとえ篠宮が急にポジティブで活発な性格になり、自分の気持ちを素直に伝えられる人間に変貌したとしても、その素直な気持ちを伝える相手がいない。なんでったって十年越しでその虚しさに悶えなければならないのか。いっそ一生ひとりで喪に服してろと言われていた方が楽だった。
「新しい人とか新しい恋とか……なんでそんなこと言われないといけないんだ」
 枕でミュートされた声は篠宮のいるこの狭い部屋にすらあまり響かなかった。
 程なくして、篠宮は大人しくなった。ベッドの上から表情を窺うことはできないが、身体が少しだけベッドに沈んだので、いくらかは落ち着いたのだろう。
「そういえば、あの人も同じことを言ってたな」
 篠宮はそう言いながら寝返りを打ち、仰向けになる。あの人とは、友人の結婚式で二次会会場を泣きながら飛び出して篠宮に衝突したあの時の女性のことだ。
「今頃、ちゃんと逃げられてるかな」
 逃げることができない篠宮はそれだけ言って、そのまま眠りに落ちた。

 

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