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郊外系デイタイム

Pert3

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Pert3

「私ってさ、音楽で生きていくためにいろいろとなげうってるじゃない」
「ええ」
「もしこれでモノにならなかったら、悲惨だよね」
「相変わらずネガティブですね、先輩は」
「もしもの話よ。学歴も資格も後ろ盾もなんもないまま三十路近くなってみなさいよ」
「その時は、いい男見つけて幸せにしてもらえばいいんじゃないですか」
「……君はいい男になる予定はないの?」
「……」
「黙るなよ」
「すみません」
 屋上が立ち入り禁止になっている夏見高校で一番いい景色が展望できるのは、教室棟三階にある一年生の昇降口前階段だった。二年生の鈴は昇降口を出てすぐの踊り場でその遠くまで続く景色を眺めながら一年生の篠宮に何にもならない話をするのが日常となっていた。
 篠宮はたまに言った。
「俺なんかと話して楽しいですか」
「どうして?」
「特に気のいい返事ができるわけでも、先輩にとってためになることを言えるわけでもない。本当にただ聞くことしかできない。時々、そんな自分が情けなくなるんです」
「相変わらずネガティブだね、君は。後輩に人生指導されちゃかなわんっての」
「でも」
「でもじゃない」
 鈴の答えはこうだった。
「いつも余計なこと言わずにぶちまけさせてくれて、ありがとう」



 結婚式から二週間経った。篠宮は今日、約束通り清と居酒屋で酒を酌み交わしている。清は浦河という郊外の街に住んでいるという。篠宮が住んでいる夏見からもそう遠くはないので、清からの呼び出しにも喜んで馳せ参じた。
「篠宮くん、相変わらず元気そうでよかった」
 乾杯した後のジョッキを少し傾けたあと、清が切り出した。
「俺も清さんに会えてよかった」
「えっ?」
 清はわざとらしく驚いてみせる。
「あっいや、特に深い意味は」
 篠宮が清に妙な誤解をされたのではと必死に否定すると、清はそれに悪ふざけを重ねてきた。
「そうなの? ちょっと残念」
「なっ」
 分かり易く取り乱し、とっさに酒を煽る篠宮。清はそれをひとしきり見てにやけていた。
「冗談よ。まったく相変わらずからかいがいのある男だこと」
「からかわないでください」
 篠宮が抗議すると清はさらに笑って謝罪した。
「ごめんごめん。これ以上ふざけたら鈴に殺されそうだからやめておくわ」
 賢明な清がそう言うと、篠宮も落ち着きを取り戻した。
「えっなぜです。別に、鈴先輩は……そんなことでは怒らないと思いますけど」
「へえ……」
 清は篠宮の話を聞いて一気に眉間のシワを増やしたが、篠宮の本心からのすっとぼけに辟易とすることさえ懐かしいと内心で喜んだ。
「はあ、なに言ってんだか。君は奥手も相変わらずね。どうせあれから彼女出来たことなんてないんでしょう」
 図星だった。急所を突かれた篠宮は少しムキになる。
「か、からかわないでください。そういう先輩はどうなんですか」
「うっ、そうきたか……」
 清は顔色を悪くして苦笑する。
「私の予定では今頃、無害そうな男の子捕まえて結婚してパートでちまちまお小遣い稼ぎをする健気な新妻やってるはずだったんだけどなあ」
 直接的な表現はなくても、篠宮は今の言葉だけでだいたいの察しは付いたようだ。要はまるで男に縁がないのだろう。
「職業柄、他人様の幸せは何度も見てきてるけど、自分はといったらからっきしなのよね」
 清はそう言いながらビールを勢いよく飲む。
「職業といえば、まさか式場でお仕事してるとは思わなかったです」
 結婚式場などという場所は篠宮にとってまるで縁のないものだったから、余計にそう感じられた。
「ああ、自分でもびっくりだわ。でも意外と様になってると思わない?」
「なんていうかな。すごく楽しそうだなと思いました。まるで自分自身の幸せかのようで」
 篠宮が言うと、清は目を見開いた。
「ああ、だから結婚できないのか」
 清は笑顔でそう結論付けたので、篠宮は少し焦った。
「た、楽しいならいいんじゃないですか」
 と申し訳程度のフォローを入れる。何かしらの八つ当たりが来るかに思われたが清は意外にも冷静だった。
「そういう考えもありかもね。もともと音楽なんてもっと先の見えない仕事しようとしてたんだし」
「……」
 返ってきたのは八つ当たりよりも篠宮に効く言葉だった。
「……黙らないでよ」
「すみません」
 清は、音楽で生きていこうとして志半ばでこの世を去った双子の姉、鈴の後を継いで長らく音楽に打ち込んでいた。
 鈴と違い、それまでの清には特別熱くなれるものがなかった。そのこともあり、夢を持って死んだ姉となにも持たないまま生きている自分を省みて、なぜ自分ではなく鈴だったのか、なぜ私なんかが生きているんだ、と嘆いた日々もあった。しかし清は散々悩んだ挙句、鈴のミュージシャンになるという夢を自分が継ぐことで折り合いをつけたという。
「私ね、大学までは本当にまじめに音楽やってたんだよ。最初は鈴の意志を継ぐためにやってたことだったけど、次第に自分も音楽が好きになってさ」
 清は両手を組んでテーブルに肘をつく。少し、篠宮との距離も縮まる。
「でも、やっぱり適わなかったよね。ずっと夢を追って努力してきた鈴の代わりなんてさ、大学四年間の付け焼き刃で取り返せるほど、簡単なものじゃなかったんだよね」
 清は簡単に言うようだったが、笑えていなかった。音楽を諦める、その覚悟をするのにどれだけ心をすり減らしたのか。篠宮にもその事が漠然と伝わった。
 篠宮はただただその話を聴いていた。こんな時に励ましになるような言葉なんて、篠宮は持ち合わせていない。
「篠宮くん」
 不意に清が篠宮の名前を呼んだ。
「はい」
 篠宮はまた黙っていることを糾弾されるのかと姿勢を正す。しかし、清はそうしなかった。その後に清が言ったのは意外でもあり懐かしくもある言葉だった。
「やっぱり君は余計なこと言わずにぶちまけさせてくれるんだね」
 清は作ったような微笑を浮かべていた。そして、それが篠宮にとって決して好きにはなれない言葉であるということを知っていながら、そう言った。
「他に何もできないだけですよ」
 昔から篠宮は決まってそう返す。このことは篠宮にとってはコンプレックスなことでも、成瀬姉妹には妙に評価されていた。
「いいえ、篠宮くんはそれでいいのよ」
 その評価は今でも変わっていなかった。清はいつの間にか注文していた徳利を手に取り、お猪口を篠宮の目の前に大げさに置いた。
「君は黙って私に飲まされなさい」
 二人が酒の席をともにするのは初めてだった。しかし、篠宮にはそのことが初めてのことのように思えず、無性に懐かしく感じていた。
「そんなでよければ、いくらでも付き合います」
 篠宮はそう言ってお猪口を手に取った。清は酒を注ぎながらそれを聞いていた。
「うん。いい返事だ。ああ、あとさ、鈴のためにも……早く新しい人見つけなよね」
「えっ、なんでそれが鈴先輩のため……なんですか?」
「あのねえ……」
 目の前の鈍感男に対して今日何度目かになるため息をついたあと、清は笑顔で言った。
「鈴を心配させるなって言ってるの。わかるかな?」

 

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