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郊外系デイタイム

Pert2

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夏見高校の二年生、成瀬鈴率いる五人組ガールズロックバンド『メタ』は地元では有名なバンドだった。中でもリーダーであり、ギターボーカルを担当する鈴が持つ歌のセンスは突出していると言われており、ファンの多くはそう遠くないうちにプロになる日が来るだろうと信じて疑わなかった。
 そんなメタの何回目かのライブ。その時も篠宮は例の友人と一緒だった。一人でライブハウスに行くことに不安のあった友人が、音楽に関心のなかった篠宮を道連れにしてメタのライブを見に来のだろう。ライブハウス内での篠宮の挙動不審っぷりたるや……あの日の篠宮はメタの次に目立っていたと言っても過言ではなかった。
 ライブ自体はこれまでも何度もやっていたが、この日はメタにとって初めてのワンマンライブだった。それと同時に、最後のワンマンライブでもあった。
 開演して、バンドメンバーがステージに立つと、オーディエンスが一斉に沸いた。その突然の大歓声の中で、なぜか中央最前列にいた篠宮だけは状況がつかめずにおどおどしていた。
鈴はステージ上からそれを見つけていた。そして、まるで異世界にでも迷いこんだように緊張していた篠宮を見て、少し笑った。
 しばらくして歓声が止む。必然、鈴が大きく息を吸う音がマイクを通じて拡散される。そして目の前にあるマイクに近付いて歌い始めた。儚いようで力強い歌声でアカペラを四小節歌いきり、その後すべての楽器が一気に音を奏でる。メタはミディアムバラードでライブの幕を開けた。

 いつもより少し長めのライブを終えて、メタのメンバーは全員くたくたになっていた。鈴は客がはけて静かなライブハウスの飲食スペースの椅子に座って天井を見上げていた。編んでいた髪をほどき、編みぐせのついた髪をだらしなく椅子の外にぶら下げる。鈴はこの日のライブの余韻から抜け出せないでいた。
「あの、感動しました」
「うおっ」
 ふいに鈴と天井の間を男の顔が遮った。鈴は驚いて起き上がる。危うくお互いの頭がぶつかりそうになったが、なんとかかわして立ち上がった。
「君、夏見高校の生徒?」
 鈴は冷静を装って尋ねたが、実際のところ篠宮の急襲で一気に息が上がっていた。
「はい。一年生の篠宮といいます」
 弱弱しい返事だったが、普段弱弱しい話し方をしている人が最大限努力して出した元気な声とも聞こえた。
「俺、こういうところに来るのは初めてで、開演前から理由もなく不安で仕方がなくて早く帰りたいと思っていて……」
「落ち着こう?」
 鈴がなだめるも、通用しなかった。篠宮は話し続けた。
「でも、あなたの歌で会場全体の空気が変わったのがわかりました。あなたの歌が、俺の心に積もった雪を溶かしてくれたような気持ちになりました。本当に、ありがとうございます」
 そう言って頭を下げ、篠宮はおとなしくなった。突然詩的な表現が入るものだから、鈴は少し笑いをこらえていた。
「それだけ、どうしても言いたくて。いきなりすみません、帰ります」
 篠宮は返事も待たずに帰ろうとする。
「待って」
 鈴はそれを呼び止めた。
「私、この辺じゃそれなりに人気らしいんだけどさ、こうやって直球を投げてくれる子は君が初めてだよ。嬉しい」
 鈴はそう言って我慢のかいなく笑った。面白いやつを見つけたと思っていた。鈴の笑顔につられて篠宮も笑顔になる。ライブハウスに来て以来ずっと強張っていた表情がそこで一気にほどけた。
「でもそれだと、本当に人気あるのかどうか、わかったもんじゃないね」
 鈴は自分に皮肉を言う。普段から感じていて、誰にも言っていなかった事だった。すると、篠宮はそのぼやきに対して即答した。
「俺は、ずっとファンです」
 それを聞いた鈴はぽかんと口を開けてしまったが、すぐにまた笑顔に戻った。
「気の早いこと」
 それが十年前、篠宮雪兎と成瀬鈴の出会いだった。
 そして成瀬鈴は、八年前に病気で死んだ。



「ごめんなさい。一瞬でも鈴さんが帰ってきたんじゃないかって、思ってしまいました」
 披露宴参加者がこぞって二次会会場に向かう中、篠宮と清は今まで多くの人で賑わっていた一次会会場の隅で話していた。五分だけ休憩がもらえたからと言って、清が篠宮を呼び出していた。
「まったく、友人の結婚式だってのに頭の中は昔の女のことでいっぱいかよ。気持ち悪いぞ」
 ひどい言いようだが清は笑顔だった。篠宮との再会がうれしいのだろう。
 成瀬清は、八年前に死んだ成瀬鈴の双子の妹だ。小さな丸顔にやる気の無さそうな垂れ目と色の薄い唇。性格こそ真逆だが、その容姿は同じ高校に入学したことを後悔する程度には瓜二つだった。二人の再会は清が大学を卒業して以来、五年ぶりとなる。
「驚いた? こんなところで仕事してるなんて」
「はい。それで……先輩、音楽は」
 篠宮が問うと、清は少し困った表情になりながら、
「諦めちゃった。応援してくれてたのに、ごめんね」
 と言葉を漏らした。
「いえ、ご自身で考えたことなら、俺は何も言いません」
「正直、そういってくれると助かるわ」
 苦笑気味の清と寂しげな表情の篠宮との間に暫しの沈黙。
「そろそろ仕事戻るね」
 清はそういい篠宮に手を振る。
「……はい、すみません。お邪魔してしまい」
 篠宮がそう返すと、清は笑いながら
「邪魔なんかじゃないよ。まったく相変わらずなんだから」
 と言い、後ろをふりかえった。
「それにしても篠宮くん見てたら、久々に話聞いてもらいたくなっちゃった。今度さ、飲みにでも行こうか。お姉さんがおごってあげよう」
 そう言ってすぐ、清は見えなくなった。

 既に開始している二次会に今から行く気力は篠宮にはなかった。清がいなくなってひとりになった篠宮は、披露宴会場を抜けてエントランスにあるソファーに腰掛けた。少し休んでから帰るつもりだった。
 受付カウンターの上にぬいぐるみが一体置いてあった。着色されていない白いぬいぐるみに今日の主役への祝いの言葉が所狭しと並んでいる。篠宮はその寄せ書きに参加していないことを思い出した。篠宮からすれば、今は友人の結婚式どころではなかった。しかしさすがにあいさつも何もなしでは失礼だと思い、ソファーから立ち上がりカウンターに向かって歩き始める。カウンター上のぬいぐるみが置いてある場所に、様々な色のマジックペンが用意されていた。どの色を使おうかと考えながら歩いている時だった。
「いたっ」
 突然エントランス近くの、二次会会場へと繋がっている扉から誰かが飛び出してきて、篠宮の右肩に思い切りぶつかった。女の人だった。水色のドレスを着ているから、おそらくさっきの披露宴会場の中にもいたのだろう。女性は篠宮の体にぶつかってそのまま弾き飛ばされてしりもちをついていた。篠宮はしばらく状況がつかめずに呆然と立ち尽くしてしまった。
「大丈夫ですか」
 篠宮は女性のそばにしゃがみ込んで気に掛ける。
「はい、すみません。急に飛び出したりなんかして」
 女性ははっきりとした口調でそう返す。篠宮はそれを聞いて安心したが、その後すぐにまた焦る羽目になったのだった。立ち上がろうとしている女性の表情をその時初めて見た。泣いていた。それも尋常ではない号泣っぷりだった。
「ごめんなさい。痛かったですか」
 どうすればいいのかわからず篠宮はとにかく謝罪した。もし怪我でもさせてしまっていたら、などと持ち前のネガティブシンキングがはかどる。
「いえ、そうではないんです」
 しかし女性はそれをすぐに否定した。ハンドバッグからハンカチを取り出して涙を拭く。それから程なくしてなんとか落ち着いた。
「私、そんなに泣いていましたか」
「それはもう、この世の終わりかっていうくらいに」
「そうですか……驚かせてしまってすみません」
 涙は消えても、その後には悲しげな表情が残っていた。
「何か困ったことでもあったんですか」
 このまま「そうですかそれじゃあ」というわけにもいかず、篠宮は自分に出来ることなど何もないと分かっていながらも話くらいは聞いてみようと思った。俺には話を聞くくらいのことしかできないから。というのが彼の昔の口癖だった。
「……逃げてきたんです。あの場から」
 意外にも女性は素直に事情を打ち明けた。
「あの場って、二次会ですよね」
 篠宮が訊くと女性は静かに頷く。
「いい年して恥ずかしいんですが、私まだ恋とか結婚とかよくわからなくて。それなのにみんなして私にまだ恋人はいないのかとか、いい加減自分の幸せを考えろだとか勝手なことばかり。なんでそんなこと言われなくちゃいけないのって思ったら、なんだか急に自分が情けなくなって、悲しくなってきちゃって……」
 その女性は美人だった。それでいて男の気配を一切漂わせていないのなら、友人がそれを気にするのもおかしな話ではない。ただ、当人がそれを快い話と受け取れるかどうかはまた別の話だ。
「俺も同じだ」
「えっ?」
「俺もそうなるのが嫌だったから、最初から二次会断っちゃったんです。もっとも、そうやって茶化してくる友人があの場にいたかどうかは疑問なんですけど」
 篠宮は出来る限りの明るい表情でその女性に共感した。女性は少し驚いたような、好奇心をかきたてられたような表情に変わった。
「逃げちゃいましょうか、このまま」
 篠宮が少し照れながら言うと、目の前の女性は、
「……そうですね」
 と言って微笑んだ。もとは明るい性格をしているのだろう。立ち直りが早い。
「ありがとうございます、名も知らぬ人。逃げた先でまたお会いすることがありましたら……」
 女性は少しかっこつけてそう言い、お辞儀をして出口に向かって歩き出した。
その姿を見送り、篠宮は寄せ書き用のぬいぐるみに『お前にとっての幸せを願う』とだけ書き残して会場を後にした。

 

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