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郊外系デイタイム

Pert1

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今年最初の雪が降った日。篠宮雪兎は布団に溺れていた。今日という大切に日に敢えてギリギリまで睡眠を貪る背徳感に身を委ねていた。大切な日といっても篠宮にとって大切なわけでは実はない。だから最悪な話、寝過ごしたっていい。実害はいいところ、かつての同級生たちから揃って白い目で見られる、程度なものだ。
 程なくして、面白味のないことにまだ十分間に合う時間に篠宮は起きた。朝食は食べない。洗面台に立ち、ぼさぼさの髪の毛を差し置いて顔を洗い。まず向かったのはクローゼットだった。扉を開け、普段会社に着て行っているよれかけのスーツをかき分け、それらよりも少し綺麗なスーツを取り出す。
 背は高く、細身の篠宮にはもともとスーツがよく似合う。篠宮は昨日クリーニングから返ってきたそれを適当に羽織り、もう一度洗面台の前に立った。そしてなにもつけていない左手で一度髪を後頭部に向かって撫でた。そのまま二秒ほど鏡と向き合い、小さくひとこと「うん」とだけ呟いてその場を後にした。
「胡桃、行ってくるからな」
 玄関でこれまた履き慣れない小綺麗な革靴を履きながら言う。一応、同居している妹に挨拶するくらいの愛想はあるらしい。妹は返事をしなかった。大学生にとって朝の十時はまだギリギリ深夜に分類されるのかもしれない。起こすほどのことでもないと、篠宮はそのまま家を出た。
 今日は、友人の結婚式があるのだ。
 篠宮は自宅から歩いて十分の距離にある夏見駅から電車に乗る。乗り換えは一回、だいたい一時間の距離。友人の結婚式ではあるが、一緒に行く友人はいなかった。
 今日祝う予定の友人は、相手の女性と七年交際し、二年の同棲を経て結婚と相成ったのだそうだ。正義感の強い好青年。それといってほかに特徴はないが、案外そういう男の方がさっさと結婚してしまうものなのだろうか。篠宮は電車のドア脇に寄りかかって、なんとなくそんな友人との思い出を振り返っていた。会場に到着するまでの時間つぶしには十分だった。



「おめでとう」
「おめでとう」
 披露宴会場には円卓が複数台ある。篠宮はかつてのゼミ仲間が集まる円卓に座席を指定され、そこに座って新郎と新婦の入場を眺めていた。主役が自分の近くを通る時は拍手を大きくして笑顔を作る。しかし通り過ぎれば心ここに非ず。集中できていなかった。篠宮は不毛にも友人と自分を重ねていた。大切な人を見つけ幸せになった友人と、そうでない自分。篠宮は自分が手に入れられないものを手にいれた友人を恨めしく思い、そのあとすぐに自己嫌悪に陥っていた。
 かくいう篠宮にも大切な人はいた。しかし、いる、ではなく、いた、だ。その大切な人は篠宮の手が届かないところに行ってしまっていた。篠宮は忘れようと努めていたその人のことを思い出してしまい、友人の晴れ舞台だというのに思考の多くをそれに支配されていた。
 主役の紹介が終わり、暫し歓談の時間となる。裏手から数人のスタッフがでてきて、その中の一人が篠宮のいるテーブルに接近してきた。スタッフはちょうど篠宮の隣あたりで立ち止まって姿勢を正し、会釈の後に言った。
「本日こちらのテーブルを担当させていただきます、成瀬と申します。よろしくお願いいたします」
 担当者が礼儀よく挨拶すると、同級生たちはにこやかに会釈でそれに返答していた。
「……先輩」
 ただひとり、例外がいた。
「鈴……先輩」
 篠宮は絵に描いたような驚愕の表情でスタッフのことを見ていた。同じテーブルに訝しむ顔が並ぶ。
「驚いた。篠宮くんなのね」
 スタッフは砕けた口調で篠宮を呼んだ。営業スマイルから本物の笑顔に変わった。テーブル内の怪訝な眼差しには気付いていないようだ。
「なんで先輩が……」
 篠宮が話しかけようとすると、
「悪いけど私は鈴じゃないよ」
 とスタッフが一蹴した。
「あっ」
 失礼な男はとっさに手で口を塞ぎ、
「ごめんなさい、清さん」
 と、テーブル担当である――そして、高校時代の先輩でもある――成瀬清に謝罪した。すると清は嬉しそうな表情に小さな声で、
「今は仕事中だから、後で話そうか」
 とだけ残してテーブルを後にした。



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